第2章 死骸とネコと、半心の悪魔 ─ ケース2 ─

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 養ってくれる大人に対して如才なく笑顔で接しれば良いのに、僕はなかなか心を開くことができなかった。  後で知ったことだが、反抗することで周りの大人がどこまで自分を受け入れてくれるかを推し量る、それは“試し行動”と呼ばれる心理だと教わった。 「そうそう。イサナちゃん、あの頃に死に掛けたことがあったでしょう。 あのときは命を絶とうとしたと勘違いして、母さん涙したものよ」 「そんなことあったかな?」 「ほら、夏に行った川で溺れたときよ」 「ああ、そんなことあったね」  また揉む手に力が入った。  養護施設から猫屋田家に来た夏の頃。  僕は両親に連れられて、星降市にある大きな川に遊びに行った。  強い日差しにキラキラと反射する川面。  周りでは多くの家族連れがはしゃぎながら遊んでいる。  それを眺めるのが悔しくて辛くて、僕は離れた場所で水に漬かっていた。  その場所は遊泳禁止だったが、浅瀬なら大丈夫だろうと川に入っていった。  だが川の流れは思ったよりも急で、僕の身体は段々と皆から離れていく。  それでも足が着く限りは大丈夫だと妙に冷めた心でいたが、その足がつま先立ちのケンケンで着かなくなると少し慌てる。  それでもまだ頭が水面から出ている間は平気だろうとタカを括っていたが、それも何度か水に沈むようになると「もうダメかも」と考えた。  そして頭が沈み、水が肺を満たした。深緑色の水のなか耳鳴りが痛く、やがて視界が赤くなり闇色に染まる。  僕はその瞬間、たしかに死を体験した。 「あのときはお父さんが助けて、慌てて人工呼吸したのよ」 「その束の間、死を見ていたんだ。蘇生して見た青い空を憶えているよ」
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