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ふいに思い出した。
あのときたしかに臨死体験をして、周りが白い空間にいた記憶が甦った。
そこは白い光が嫋やかに満ちた場所で、身体の重さをまったく感じず温かかった。
辺り一面に見たことのない白い花が咲き乱れていた。
そこで嗅いだ匂いの記憶が、今でも脳裡にこびりついている。
冥府の花アスポデロス──ナギサが死送りの術式で使った芳香。
「思い出した……。あれは臨死体験で嗅いだのと同じ香りだったんだ」
「えっ、何の香り?」
「いや、何でもないよ母さん。昔に嗅いだ香りの記憶が甦っただけさ」
「ある香りを嗅いで昔の記憶が甦るのは、ある小説家の名前を取ってプルースト効果と呼ばれているのよ」
母がそう説明しながら、「ふう」と読んでいる小説の本を置いた。
僕は肩もみの手を止めて、母がかたわらに置いた本を窺う。
「何の本を読んでいるの?」
「イサナちゃんがね、施設から持ってきた本よ。今朝掃除をしていたら、ひょっこり押し入れから出てきたの」
よく見ると児童文学の本で、タイトルが『子どものための豊かな国』とあった。
それはナギサが公園で読んでいた本だ。
「ど、どうしてこれがッ!?」
「嫌ねイサナちゃん、忘れちゃって。この本はお世話になった児童福祉司の先生がくれたものでしょう」
「すっかり忘れていたよ……」
「あらっ、この本の作者って」
母が本をしげしげと眺めながらつぶやいた。
「ちょっと変わった名前だね。この作者がどうしたの?」
「この作者の家主 転茶九(やぬし ころちゃく)って、ポーランドの教育者ヤヌシュ・コルチャックがモデルよ」
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