第2章 死骸とネコと、半心の悪魔 ─ ケース2 ─

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 ふいに思い出した。  あのときたしかに臨死体験をして、周りが白い空間にいた記憶が甦った。  そこは白い光が嫋やかに満ちた場所で、身体の重さをまったく感じず温かかった。  辺り一面に見たことのない白い花が咲き乱れていた。  そこで嗅いだ匂いの記憶が、今でも脳裡にこびりついている。  冥府の花アスポデロス──ナギサが死送りの術式で使った芳香。 「思い出した……。あれは臨死体験で嗅いだのと同じ香りだったんだ」 「えっ、何の香り?」 「いや、何でもないよ母さん。昔に嗅いだ香りの記憶が甦っただけさ」 「ある香りを嗅いで昔の記憶が甦るのは、ある小説家の名前を取ってプルースト効果と呼ばれているのよ」  母がそう説明しながら、「ふう」と読んでいる小説の本を置いた。  僕は肩もみの手を止めて、母がかたわらに置いた本を窺う。 「何の本を読んでいるの?」 「イサナちゃんがね、施設から持ってきた本よ。今朝掃除をしていたら、ひょっこり押し入れから出てきたの」  よく見ると児童文学の本で、タイトルが『子どものための豊かな国』とあった。  それはナギサが公園で読んでいた本だ。 「ど、どうしてこれがッ!?」 「嫌ねイサナちゃん、忘れちゃって。この本はお世話になった児童福祉司の先生がくれたものでしょう」 「すっかり忘れていたよ……」 「あらっ、この本の作者って」  母が本をしげしげと眺めながらつぶやいた。 「ちょっと変わった名前だね。この作者がどうしたの?」 「この作者の家主 転茶九(やぬし ころちゃく)って、ポーランドの教育者ヤヌシュ・コルチャックがモデルよ」
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