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プロローグ
あなたには、子どもの心の悲鳴が聴こえますか?
僕はそう叫びたい衝動をグッとこらえた。
ざわめく野次馬のおびただしい声で、心のつぶやきは掻き消される。
そうしてデクの坊のように立っていると、いかに自分が無力な存在かを思い知る。
「児童虐待だって」
「子どもが監禁されていたって」
「何年も部屋に閉じこめて、ろくに飯も食わせていなかったそうだよ」
「こんなに近くにいたのに、全然気づかなかったわ」
「酷い親がいたもんさ」
「どんな神経をしているんだろうね」
垂れ流される心ない言葉──そこには憐憫の欠片もなかった。
まるで屍肉に群がるハゲタカのように、容赦なく獲物を喰いあさる。
その言葉が耳に届くたびに、胸の鼓動がせわしなく打つ。何もできなかった自分を苛むように、呵責の鞭が心臓を叩いた。
「親の顔が見てやりたいよ」
子どもを虐待していた親は、すでにパトカーで護送されているようだ。
「きっと人間の心を持っていない冷血漢に違いない」
その尖った言葉を聞いて、それは間違いだと正したかった。
子どもを虐待した親は、きっとどこにでもいる人に違いない。普通の人に違いないんだ。
そう思うからこそ、なおさら虐待があったこの空間が異質に感じる。
まるで平坦な風景にポッカリと空いた底なし穴のごとく、心ならずも暗黒を覗いてしまったように心胆を寒からしめた。
まさに社会の闇である。
ざわっ、と気配が揺れた。
監禁されていた子どもが病院に搬送されるために、ストレッチャーで目の前を通ったからだ。
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