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夕暮れ。仕事が一段落した後の至福の一服。
「社長、送付物ありますか?」
秘書兼爺やが部屋に入って来る。
「あ、これ頼む」
煙草を持つ手とは反対の手で郵送物を渡す。
爺やが受け取ったものを確認している最中にふと手を止めた。
「おや、結婚式の招待ですか?」
嬉しそうに、返信葉書に目を通している。
「高校のクラスメート」
そうですか、と相づちを打ちながらその続きを期待する目。
「俺はまだだよ。仕事が優先」
「家庭を持った男子は、より頑張ります。社長も今年で32才、いい頃ですよ。」
紫煙が天井に昇っていくのをぼんやり眺めながら
「まあその内」
とだけ返し、爺やを追っ払った。
手元に残る招待状をもう一度広げる。
お決まりの文言に式場と時間、新郎新婦の名前。新婦の名前には覚えがない。大学は別だったが月一くらいで会っていた。お互い社会に出てからは半年に一度会えればいいくらいだった。女の話が出たことは殆どなかったな。社内恋愛か?飲料の商品開発をやってるあいつは昼夜関係なく忙しいし、こっちは三代続いた一流半の建設会社。俺の代で潰すわけにもいかないから必死に働いてきたらこの年になった。
忙しい親に代わってずっと俺についてきてくれた爺やもそろそろ隠居させてやりたいんだけどな。
招待状の文面を行きつ戻りつしながら新婦の名前に目がいくと、やっぱり押さえきれない嫉妬が沸き上がる。折角仕事に集中してたのに。
いい加減忘れろ。
葉っぱが燃え尽きてフィルターが焦げ始める。嫌な匂いだ。まるで俺みたいにしつこい。
招待状には返信葉書の他にもう一枚細いしおりが付いていた。
『友人代表のスピーチをお願い致します』
口元が歪む。欠席するかもってのは万に一つも思ってないな、バカひろ。
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