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その夜は満月の明かりで、静まり返った住宅街が難なく見渡せた。
高級住宅街に今、俺はいる。
数年前まで探偵の仕事に憧れていたが、今ではすぐに別の仕事に就きたかった。
浮気にペット探しなど、およそ憧れていた昔がただただ愚かに思える仕事だった。
酷い(むごい)夜だった。
童話の狼男が背後に忍び寄り、哀れな犠牲者をバラバラの血と肉だけにしてしまうかのような……。でかい満月の明かりは赤く鋭くギラギラとしていた。
俺は木島邸から街灯の明かりで、一人の男が玄関から出てくるところを目撃した。スマホを構えた。
しかし、左端に録画中の赤いランプの点滅する先には、血塗れの女が街角へと走っている姿が映った。
若い女性だった。
長い髪は血で染まり、白いスーツは大きな赤い染みが埋めていた。
急いで浮気の調査を切り上げて、自宅に戻る。
コーヒーカップにたっぷりと砂糖を入れて、ソファに座る。何年も住み着いた世田谷区の1LDKには、ベットがなかった。
古ぼけたテレビにタバコで黄ばんでいる冷蔵庫。
キッチンには一週間前の誕生日で兄から貰ったケーキが飾られている。もう30を越えた男にケーキはいらないだろう。
兄は探偵でこの稼業の先輩だった。
何のことは無い。
兄に憧れて探偵になったのだ。
俺はタバコに火を点け、この夜の出来事を整理する。
明日には依頼主と会う約束があった。
木島 美奈子は不倫相手の男がいるのは解ったが、スマホには血塗れの走っている女性が写ってしまった。
警察に届けなければならないのは解るが。金になることになんとか使えないだろうか?血塗れの女性を……。
ユ・ス・ル……。
いい考えだ。
朝になるまでソファで寝ていると、窓からの陽光で目が覚めた。
タバコに火をつけテレビを点けると、ニュース番組をしばらく見る。しばらくすると昨日のことを知ることが出来た。
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