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「智海さん、あとヨロシク!」
乱暴にヘッドフォンを外して机の上に放り投げると、優司はスタジオの外へ通じる重たげなドアに手を掛けながら叫ぶ。
「ほいよ~。お疲れ~」
毎週のやり取り。智海も慣れたものである。立ち上がって優司が放り出したヘッドフォンを片付けながら、涼やかに言う。
「お疲れっした!」
「お疲れ~」
スタジオの外にいるスタッフと挨拶を交わし、猛ダッシュで局を飛び出して行く優司。1時間後に渋谷のオープンスタジオから生放送があるためだ。
幸いにもFMジャンクションのビルは地下鉄の終点、水天宮前駅(※)と直結しているため、乗り換えなしで渋谷まで行けるのだ。
(※:1995年当時、半蔵門線は水天宮前駅が終点だったのです)
いつものように改札を抜けて、発車を待っている車両に乗る。
やがて暗闇の中に進んだ電車は駅に着くたびに乗客を増やし、席がほぼ埋まった頃であろうか。レールと車輪が摩擦する、カン高い金属音とともに電車は急停車する──
♪
公園通りから一本路地を入ったお洒落なショップが立ち並ぶエリアに、FMジャンクションのサテライトスタジオ『渋谷FMJスタジオ』は位置している。
ファッションビルへの入口と外壁を上手く利用した立地から、四角いスタジオの3方は総ガラス張り。
時刻は夕方の5時。
水曜日のこの時刻ならスタジオの中に、FMジャンクションの女性アナウンサー斎藤真樹と、フリーDJ富田優司の姿があり派手なジングルとともに賑やかなお喋りが始まる。
はずなのだが…… スタジオの外に、17時の時報が鳴り響く。が、番組のBGMがヤケにしっとりしている──
斎藤
「水曜日の夕方、如何お過ごしですか?FMジャンクション斎藤真樹です。
スタジオから見える渋谷の街は、どうでしょう?まだ陽も高くて暑そうですね…
って…ごぉ~めんなさぁ~い、いつもと違うカンジの始まりかたでぇ~。大丈夫ですよぉ~いつもどおりのジャムジャムですからねぇ~。あ!来た!」
スタジオのドアが開き、カジュアルな服装の青年が飛び込んで来た。
そのままの勢いで真樹の向かいの席に座る瞬間、真樹が向かい側のマイクのレバーを上げる。
富田
「こんにちは。1時間ぶりのご無沙汰、富田優司です」
「………」
富田
「マキちゃん?」
「………」
富田
「怒ってる?」
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