#01. FREE STYLE

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 真樹は怒っているわけではない。優司に一息つかせてヘッドフォンを装着するを与えたのである。  大丈夫よ。ユウちゃんのタイミングで合図をちょうだい……  ヘッドフォンを付け、右手でケーブルを視界から追いやった後。優司は真樹に目配せをする。 斎藤 「信じられない!遅刻するなんて!」 富田 「仕方ないだろ。半蔵門線が止まっちゃったんだから」 斎藤 「はいはい。言い訳はあとでお聞きしますから。始めましょ」 富田 「あーっ!ちょっと待ったーっ!」  ジーンズのポケットからハンカチ代わりのバンダナを取り出し、顔の汗を拭ってから向かい側の席の缶入りのお茶── 真樹のそれを一口すする。 斎藤 「大丈夫?」 富田 「OK!」 斎藤 「渋谷FMJスタジオから生放送!」 富田 「ジャム・ジャム・ジャンクション!」 「「Wednesday Special!」」  2人が叫ぶと同時に1曲目のイントロが流れる。 富田 「あ~、死ぬかと思った」 斎藤 「渋谷駅から走って来たの?」 富田 「ええ」 斎藤 「すごい汗」 富田 「『バラード1曲分だよ』だよ」  優司が好むロックバンドの曲の名科白(ぜりふ)。 斎藤 「曲の間に落ち着かせてね。それではお届けしましょう──」  真樹が曲紹介を済ませてマイクのレバーを下げる。それと同時に、スタジオにいる関係者一同から安堵のため息が漏れた。 《ユウちゃん、大丈夫か?CM明け、もう1曲入れるから》  ガラスの向こう側。粋な計らいをしてくれたディレクターの声がヘッドフォンから聞こえるのを、優司も右手を挙げて応える。  水天宮前駅からは、いつもの電車に乗れていた。順調に行けば渋谷駅からゆっくり歩いても10分前にはスタジオに入れる。  しかし。今日は渋谷駅に着いたのが生放送開始の5分前。間に合わないとわかっていても、駅から走ってやって来たのだ。 「よく間に合ったね。さすが元、陸上部」  リスナーからのリクエストFAXの束を整理しながら、そのままの目線で真樹が言う。 「さすがにヤバかったね。サンキュ、先輩」 「どういたしまして」  優司は曲やCMの間、ヘッドフォンの片耳をずらしている。マイクのレバーを上げなければ、スタジオ内の音が決して外に漏れることはない。  CMが終わり、2曲目がオンエアーされている今。2人の会話を聞ける者は誰もいないのである。
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