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それと…アタシの最愛のパートナーだった坂上慎先輩が昨年度ご卒業されまして。
マコ兄が学校に来なくなった今年からずっとアタシが一人で放送をお送りしているわけですが…
新入生の皆さん。ちょっとでも興味がありましたら、アタシの新しいパートナーになってみませんか?
詳しくは2階渡り廊下の放送研究部、部室まで。お気軽にお越しくださいね。
あ、リクエストカードおよび、受付箱も、部室の前にありますので──」
その年の桜は開花が早く、入学式の頃にはすっかり散ってしまっていた。山間の小さな平野にある地方都市、名取橋。
産業、観光などの資源には乏しいものの、海のある景色が素晴らしい街である。
幼い頃からピアノとサーフィンに親しみ、中学時代は陸上競技の1500mに熱を上げていた少年が名取橋西高校へと入学して来た。富田優司である。
入学早々、陸上競技部への入部を決めていたが。昼休みの放送を耳にし、その瑞々しい声の女性に一気に引き込まれてしまった。
ピアノを嗜み、音楽はジャンルを問わず嫌いではない。でもそれを操ることには疎かった。
もう一つの趣味であるサーフィンのように、波に乗るように音楽に乗る。そして話術で人を魅了する──
先輩とは言え同じ高校生。いったいあの声の主はどんな女性なのだろう。
最初はそんな小さな好奇心で、優司は放課後に放送研究部を訪ねる。
「だれ?」
部室のドアは施錠されていた。また後日改めようと振り向こうとした時、背中越しに女の子の声がした。
反射的に振り返る優司。そこには右手に可愛いキーホルダーが付いた鍵を握り締めた、ボサボサ頭で無表情な女の子が立っていたのだ。
「あの…… お昼の放送を聴きまして…… 入部してみようかなぁ…… なんて」
優司がそう言っている間に、彼女がどんどん自分に近付いて来るのに恐れをなし、思わず後ずさる。
「入って。もうすぐ責任者が来るはずだから」
ドアを開けて先に部屋に入り、優司を招き入れるような発言をする。決して優司とは目を合わさず、そして無表情なままの彼女であるが。
果たしてちゃんと歓迎されているのだろうか。
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