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「……きゃはっ。まだ現実を受け止めてないんだ、たぶちくん」
「現実だと?お前まさか、あいつらが俺によそよそしいのは演技じゃないと言いたいのか」
「んふふっ、そうだよ。彼女たちは、田淵君に関する記憶を失っているんだ。クラスの人達もそうだよ」
奴の言葉に俺は呆れた。
何の前触れも無く複数人が同時記憶喪失だなどと、まったく馬鹿馬鹿しい。そんなことがある筈がない。こいつはおそらく虚言癖でも抱えているのだろう。
「はっ、馬鹿馬鹿しい」
奴の間抜けな理論に拍子抜けしたお陰で、俺は少し余裕を取り戻した。
女達のあの様子が演技でなかったとするならば、いったい何だと言うのだ。
記憶喪失なんぞあり得ない。
落ち着き始めた俺の表情の変化を読みとったのか、奴は言葉を連ねる。
「田淵君さ、覚えてるかな……この間の健康診断のこと」
「健康診断……?」
この間の健康診断、と言われれば思い当たるものは一つしか無い。
先週、俺の学校で健康診断が行われたのである。新年明けてしばらく経った頃だっただけに、季節外れもいいとこだと思ったのがまだ記憶に新しい。
「あの時は学年ごとに日を変えて行われたんだったね。どうしてだと思う?」
「………………」
それも覚えている。例年は一日授業を休みにして、全校で同時に実施されるものだったのだが、何故か今年は違ったのだ。
それにしても、いつの間にか奴の顔が初めて見たときと同じような、落ち着き払ったモテ系に戻っていた。興奮が冷めたのだろうか。
微笑みながら奴は続ける。
「ブー、時間切れー。……正解はね、時間がかかるから、なんだよ」
「……だから?」
「ふふ、焦らない焦らない。じゃあ次の質問ね。あの日の健康診断は、どうしていつもより健康診断に時間がかかったのでしょーか?」
「…………俺は今年が初めてだったし、そんな学校側の事情を知るわけがないだろう」
「はいブー。正解は、いつもより過程が多かったから、でーす」
過程。
確かに過程と言われると、あの健康診断は妙に診断方法の種類が多彩だったように思われた。
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