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「うふふっ」
「…………」
奴が顔だけ後ろに向け、俺に微笑みかけてくる。
しかし俺はそれに対して何も出来ない。
担任がまた小言を繰り返し、生徒がそれに対して笑い声を挙げている。
しかし、俺は身動きひとつ出来ない。
――これは一体どうしたことか。
ドアの陰から見えた教室では、奴の方を眺めながら友人同士でなにごとか喋る者も居れば、後ろを向いて友人と語らう者、本を読む者や机に突っ伏して寝る者も居る。
何にせよ、前まで居なかった男が我が物顔で居座っている事に違和感を覚えている者は居ないようである。
教室の空気から察するに、どうも奴はすんなりと受け入れられているようなのである。認めたくもないが、今のところ状況は奴の妄想と一致していた。
クラスメイトも担任も、奴がこのクラスの一員であるかのように振る舞っており、本人もそれに乗じている。
戸惑う俺をよそに、ドアの前に立ったまま奴は話し続けた。
「……いやすんません先生、こいつと話し込んじゃって」
先程の狂気じみた雰囲気とは一変、へらへらと軟派な笑いを浮かべながら奴は少し横にずれ、そこで奴の背中に隠されていた俺が露わになった。
担任教師は奴の方を向いていたので、奴がずれれば当然俺が視界に入る訳である。目が合ったので、俺はとりあえず曖昧な笑みを浮かべたまま会釈をした。
まだ自身の置かれた状況に疑いのあった俺は、担任が自分のことを忘れているはずがない、と思っていたのだ。
奴が溶け込んでいるのは、おそらく自分の知らない内にそういうことになっていたのだろう、と理由づけをしていた。友達が居ないのだから、そういうことに疎くても当然だ、と考えていた。
居心地の悪さを感じながらも、俺は早く席に戻れと言われるのを待った。
しかし、担任教師の反応は俺の期待していたものではなかった。
俺が目に入ると、こちらを凝視して黙り込み、やや時間が経った後に、呆れた表情を浮かべて語りかけてきた。
「……君、田淵だろう?まずは職員室に来いと言ったはずなんだが……」
「……えっ」
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