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歩いていく内に周りにちらほらと学生が見受けられるようになり、学校に着く頃には随分と賑やかになっていた。
それにしても、ついこの前までは俺を見ると「ハーレムの奴だ」等と囁く輩が居たのだが、なぜか今朝に限ってはそんな者はなかった。
周りに視線を巡らせてみても、誰一人として俺を意識している者は居なかったようである。
不思議ではあるが、以前の居心地の悪さが解消されたのは喜ばしいことである。日々の情報の濁流に、俺の事も押し流されたに違いない。
校舎に入って人混みの中、下駄箱で靴を履き替えようとすると「えっ」俺の名のついた下駄箱が無い。内履きも無い。当方生まれて16年と少し、今まで他人から恨みを買わなかったと言えば嘘になるが、いくら何でも下駄箱を隠すのはいただけない。
結局どうにも見つからないので、来客用のスリッパを失敬した。
昇降口を後にして、スリッパをぺたんぺたん言わせながら教室を目指した。
不届き者による陰謀で不快になった気持ちを沈めようと、俺は再び彼女等へ思いを馳せる。今頃は俺の登校を待って、教室で口争いしてる頃であろう。なんとかわゆい者達か。
自惚れ野郎とお思いにならないで欲しい。恋は盲目である。うひょ。
妄想を繰り広げグフグフ言っているともう教室に着いていた。教室は二階にあり、教室前の窓から見える空は既に雲に覆われ、太陽はその御尊顔を隠し、あたりは薄暗い。上靴の無い俺の状況に神も嘆いているのだろうと当たりをつけたが、そもそも俺は神を信じていない。
窓側から振り返り、がららとドアを開けるとすぐに喧騒に身を包まれる。そしてその中でも一際大きい声が我が耳をくすぐる。
「何言ってんだお前は」
「うっ、あたま叩かないでよ!」
「読書の邪魔をしないで頂きたいですわ」
「暴力はやめときましょうよぅ」
「…………」
どうだ諸君。自分の席の周りで美しきおなごが喧嘩を繰り広げている、こんなに嬉しいことがあるものかとひしと思う。男汁にまみれていた昔を思えば涙が出るほどだ。
一歩一歩近付いて、彼女らのすぐ傍らで挨拶をする。あくまで気取らず、自然に。
「おはよう。朝から騒がしいな」
軽妙に声を掛けたつもりだったが、どうしたことか、場がしらけた。形の良い眉をひそめ、皆こちらをじっと見ている。表情が固まる位に今朝の俺は素敵かしらと思ったら、一人が、俺に問うた。
「誰だお前」
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