ベクトル

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「こ、これはっ……」 ーーーあの時だッ… あの時先生が僕に付けたんだ。先生が僕の首筋に触れた。先生の舌が首筋を這って、痛いくらいの強さで鎖骨部分の皮膚を吸われた。これは…きっとその時のーーー。 思い出した途端、身体中の体温が上がった気がした。先生の舌の感触を…翻弄する手の感覚を…熱を帯びた獣の様な眼差しをーーー。思い出しただけで、身体の芯が熱くなって、心臓がバクバクと脈打つ。思わず泰誠の手を振り払ってしまい、しまったと思ったけどもう遅かった。泰誠は少し驚いた顔をしたけれど、直ぐに静かな表情を取り戻した。 「……これはっ…その…」 先生が帰った後も頭の中がグルグルして、まともに思考が働かなかった。そんなんだから自分の身体にこんな痕が残ってるなんて、泰誠に指摘されるまで気付かなかった。 「こんな痕があるなら、ちゃんとボタンは上までとめないと。東藤…なんだろ?こんなに目立つのに、自分で気付かなかったのか?それとも…わざとアピールしたかった?」 「な、何言って…!そんなつもりないよ!どうしてそんなことッ…!」 「東藤が付けたってとこは否定しないんだな。もしかして…付き合ってる…とか?」 「…………ッ、ちがっ…つ、付き合ってなんて…」 「風邪で休む前も、昨日も…東藤と一緒だった後に体調崩して、それでこんな痕付けてるんだから、例え違うって言われても説得力には欠けるけど。もしかして、風邪ってのも嘘だった?」 泰誠らしくない意地悪なセリフだった。まるで僕を追い詰めるような、容赦の無いセリフ。どうして泰誠がそこまで言うのか分からなくて、ショックと戸惑いに泣きたくなる。それでも、僕は言い返す事も出来ない。風邪は本当だったけど、昨日の体調不良は間違いなく嘘たったから…。泰誠に嘘をついてしまった負い目が、更に僕自身を追い詰める。 「……っ、泰誠…意地が悪いよっ…」 それだけ言うのが精一杯で。 「…どうしてだと思う?」 僕が小さく首を横に振ると、泰誠が冷たく微笑んだ。 「教えてあげようか?」 低い声。あくまで冷静で、まるで知らない男の声の様で怖い。不安で何も言えずにいると、ふと身を屈めた泰誠の唇が、僕の耳元に触れた。 「俺が拓海を好きだからだよ」
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