ベクトル

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ーーー好き? 泰誠が…僕を……? 全く予想していなかったセリフに、脳の処理が追い付かない。好きって…いつから?親友としてじゃなくて?それって…どういう好きなの? 「す、好きって……そんなっ…い、いつからっ…」 何をどう言っていいのか分からないまま、口だけが馬鹿みたいにパクパクする。頭の中が真っ白で、今にも気を失いそうだった。 その時ーーー。 「何やってんだお前ら、もうホームルームの時間だろうが。さっさと教室に入れ」 無愛想な声でそう言ったのは、東藤先生だった。 「東藤先生っ…!」 踊り場の下の階段に立った先生が、僕と泰誠を見比べている。いつからそこにいたんだろう。今の会話は聞かれてたんだろうか。僕の頭は益々パニック状態で、先生の視線が僕の胸元へ移動するのが分かり、思わず襟元を手で隠してしまった。意味の無い事は分かっていたけど、ほとんど無意識だった。 「教室へ入れ」 「東藤先生、拓海とどういう関係ですか?」 「は?何だよ唐突に」 「少し前から変だと思ってたんだ。アンタに対する拓海の様子がオカシイし、アンタも…やけに拓海を構うし」 「泰誠っ…や、やめて!」 「ふぅん…瀬尾の事をよく見てるんだな。俺をアンタ呼ばわりした事は大目にみてやるよ」 「いいから答えてくれませんか?」 泰誠に引く気配は無かった。こんな事やめて欲しいのに、少しだけ…先生の答えが気になってる僕がいる。泰誠に「どういう関係か」と聞かれて、先生は何て答えるだろう。僕が望む答えなんて出て来ないのは分かってるのに。 そもそも僕自身が望む答えって何なんだろう。 「瀬尾に聞けよ」 期待なんてしていないけど。 あまりに素っ気なく、冷たい口調に悲しくなった。僕と先生の間に関係なんて無い。撮られた写真をネタに僕を脅して、好きな時に好きな様に扱える、都合の良い存在。それが僕だ。僕達の間に何か関係があるとすれば、加害者と被害者ーーーそれだけ。 ………きっと、それだけ。 「一限目、アンタの授業ですよね?」 「そーだっけ?」 「俺と拓海、欠席にしといて下さい」 「ちょっ…泰誠!?」 ここへ来た時同様に腕を引かれ、逆らう間も無く泰誠に連れて行かれた。一瞬振り返ると東藤先生と目が合った……でも、それだけだった。
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