ベクトル

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「瀬尾くん?ビックリした、どうしたの?」 「あ、あのっ…えぇっと……」 「今、授業中だよね?」 「………っ」 堤先生が東藤先生の次に顔を合わせたくない人。今の僕の置かれた状況の原因を作った一人と言っても、きっと言い過ぎじゃないたろう。 「お友達もいっしょ?サボりは良くないよ~」 「あなたが言えた義理じゃないでしょ」 ぼそりと泰誠が呟いた。きっと僕が全部話したから、泰誠は堤先生に対しても不信感を抱いたに違いない。何も知らない堤先生が、僕越しに泰誠を見た。 「拓海、好きじゃなくて付き合ってもいないなら、俺にもまだチャンスがあるってことだよな」 「え…そ、それは…」 「直ぐに応えなくていい。考えて欲しいんだ、俺のこと。ーーーほら、もう行けよ」 「ちょっ…泰誠…!」 半ば強引に保健室から押し出されて、静かにドアが閉められた。 泰誠の気持ちには驚いたし、想像していなかったから戸惑いはあるけれど。好かれていたと言う事実だけを取れば、嬉しいとも思う。ただ、それはあくまでも親友としてであって、やっぱり泰誠の気持ちには応えられそうにない。僕の中で、自分でもおどろくほど簡単に結論が出た。 ーーー不思議だ。 東藤先生に対してはなかなか答えが出せなくて、未だ自分の気持ちも、自分がどうしたいのかも分からなくて悩んでいるのに。泰誠の方が優しくて、頼りになって、一緒に居ても安心出来る。それでも、泰誠と同じ“好き”にはきっとならない。どうして先生に対しても、同じ様に直ぐに答えが出せないんだろう。 僕はとぼとぼと教室に戻った。当然ながら授業を終えた東藤先生はもう教室に居なくてホッとする。とりあえず、次は帰りのホームルームまでは合わなくて済みそうだ。 今は中間テストに集中しよう。泰誠への答えは、テストが終わった後でもいいだろうか。長引かせても、きっと泰誠に悪い。泰誠にはちゃんと正直に話そうと思う。 もしそうすることで泰誠との関係が崩れてしまったらーーー。そう思うと、決して不安が無い訳ではないけれど。
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