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「最初の一回は…まぁこちらに非があるとして。それ以降は?私は征成の話ししか聞いていないから、実際真実かどうかは分からないけれど。征成は、瀬尾くんは逃げずにやってくるって言ってたけど」
「それはッ……写真を撮られたからでしょう!?」
「征成もバカじゃないんだから、そう簡単にあんな写真ばら撒かないよ」
そうだ。堤先生の言う通りだ。どんな写真かは想像でしかないけれど、少なくともその写真が世に出回れば、東藤自身も教師をクビになるだけじゃ済まない。脅されて呼び出されているのだとしても、行かなければいいだけの話だ。
それをしないのはーーー。
さっきの拓海の表情からも、明らかじゃないか…
「私は君の方が好みだけどね」
そう囁いた堤先生が、唐突に俺の頬に触れた。身長は俺の方が高いから、必然的に上目つかいで見上げられる。その様子は、華は華でも甘い蜜を滴らせて羽虫を誘う妖花のようだった。
「本当はもう届かないって知ってしまっているのに…尚諦められなくて。報われない想いに焦がれる心とか……ふふ、懐かしいなぁ」
一瞬背筋がゾクリとして、思わずその手を叩いてしまった。見透かされているようで、堤先生の眼差しに恐怖を覚える。これがきっと本当のこの人の姿なのだと、今実感した。
「ほら、サボるならコレ書いてね」
俺に叩かれた手を何事も無かったかのように引っ込めて、代わりに名簿を差し出してきた。もう堤先生の瞳には、さっきまでの妖艶さは無かった。
「…は?」
「まだ教室には戻らないんでしょ?ここを利用するならちゃんと記入しなきゃダメだよー」
手渡されたのは利用者名簿。保健室を利用する生徒が記入するものだ。この人とこれ以上言い合っても意味がない。俺は黙って 利用者名簿を受け取って、そこに名前を記入した。
「宗方くん、ね」
堤先生がにこりと笑った。
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