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今日も、私は口紅を塗っては会社に出掛ける。
長い髪をふさふさにカールさせて、軽く右肩に流した。
会社だから茶髪はそんなにキツくないように調整し、しっかり化粧水を顔につけて寝たから、今朝は万事好調である。
女子力が高いのは、女子でいるのに力が要るから。女子の群れの中に住むのに手形がいるから。
扉を開け、外に出て、鞄のなかをさっと物色しては忘れ物がないことを確かめてから、私はロックをかけた。
セキュリティの高いマンションなだけあって、家賃は高い。だけど、この高級そうな外観と廊下が、私を男にはさせない。それが有り難い。
化けるには、環境も大事なのである。
コツコツ、と石畳の上を歩く。
「ごきげんよう、田畑さん」
「いい天気ですわね、管理人さん」
名家の令嬢とでも言いたげな優雅な挨拶をして回る。
生け垣の向こうに、ランドセルを背負った男の子たちがいた。
「ほら、あれが噂の"ヒルズの美魔女"だよ、腰抜けただろ」
「ぎゃーきれいすぎるよ彼女にしてえ」
コツ、とハイヒールを鳴らす。
びく、と彼らは驚いておずおず私を振り返った。
「ダメよ、女の人をあんまりじろじろ見ちゃ」
(そして、私なんか好きになっちゃ、ダメよ…)
ごめんなさぁい、と散り散りに駆けていく男の子たち。
ああ、と私はため息をついた。
女を当然のように異性とみなすことが、私にとっては罪だった。男の子として普通にはしゃぐ彼らをみて嫉妬するとともに、男の心を持つ自分を美女と持ち上げる彼らが滑稽にも見えた。
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