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マンションを出てから3個目の角にある米屋さんを経営するお爺さんと、毎朝5分程度の世間話をするのが私の日課だ。
このあたりは開発途上で、聳え立つ高いマンションのふもとに老舗の店があったりする。
なんでも、先の大戦後お爺さんの父親が闇市の延長で始めた店なのだとか。
お爺さんはもう70代で、お子さんは他県の大学に進学したそうだ。
トンビから鷹とはこのことだ、とお爺さんはいつも笑う。息子さんは既にIT企業から複数の内定をもらっているらしい。
「そんなことはありませんよ、お爺さん。お爺さんが一生懸命戦後を生きてこられたことは恥ずべきことじゃない。貴方の頑張りで、息子さんは飛躍できたんです」
「ハハ、そんなことを言ってくれるのはお嬢さんくらいだよ。ありがとうな」
お爺さんはそうやって寂しげに笑うのだ。
新と旧、若と老、セピア色の古い木の看板の向こうに一面ガラス張りの高層マンションが立ち並ぶ、内に矛盾を抱え込んだようなこの町が私は好きだった。
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