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「父さんと母さんが出会ったのは、大学のアカペラサークルなんだ」
バンドを組んでいたのは知っていたが、アカペラだったとは知らなかった。静かにナイフとフォークを置く私と宗次郎さんを見届けて、父は話を続ける。
「その頃父さんの父さん、つまり美貴のじいちゃんが急病で倒れてね。心室細動の長い発作に耐えて生き永らえたじいちゃんに、親戚は冷たかった。ただでさえ家計は火の車だったから、学生だった父さんの学費に治療費は相当な痛手だった。じいちゃんはそんな家族のイライラを一身に背負って、じっと耐え忍んで、父さんの学生生活に非難が向かないように、ダムのように堰き止めていてくれたんだ」
父の顔は悲痛に歪んだ。
「そんなじいちゃん……、つまり父さんの父親を、父さんは嫌った」
「えっ」
「家族に目に見えた嫌がらせをされているのに、食事の量を減らされているのに、何も言わない父親が憎かった。その家族に身を粉にして尽くしていた父親を知っていたから。何度も父親の味方になったけど、逆に父親に叱られたんだ。それで父さんのなにかが切れてしまったんだろうね。父さんは実家を飛び出して一人暮らしを始めた。そんな時に、サークル費が安いからと始めたアカペラにはまり込んだ。声と声の生身のぶつかり合いに、父親と分かり合えなかった憎しみをぶつけるように。……あまりにも血走った声だったんだろうね。憎しみからでる声は嫌われた。バンドを組んでも、すぐに人は離れていった」
父さんは話をやめ、コップの水をぐいと飲みほした。そして母の方に再び向いた。
「そんな父さんのバンドに、ずっと残ってくれたのが、母さんだったんだ。傍にいるだけで、じんわりと憎しみが癒える気がした。たまにむき出しになってしまう父さんの凶暴な気迫も、母さんは怖がらなかった」
「やだわ。母さんが鈍かっただけでしょう」
母がかぶりをふったのを、父は強く制した。
「いや違う。母さんは優しかったんだ。その証拠に、父さんは人を愛することを思い出した。ある日じいちゃんと仲直りしようと、実家に戻った。でももう遅かったんだ。父親は死んでいた。間に合わなかった」
母は当時を思い出すように目を細め、私たち二人は何も言えないでいる。
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