憎しみの果てに

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「やだねえ、美貴ったら。子のために苦労するのは親の喜び」 「その通りだとも。今日ここで皆と一緒にご飯を食べている、それだけで報われているよ。こちらこそ、生まれてきてくれてありがとう、美貴」  ぶわぁ、と涙が溢れた。  今ならわかる。私に『バー 椿』の名刺を渡したのも、父の見舞いから帰るときに後ろを気にしていた挙動不審の女性も、母の面影を宿していた。  父が言った。 「父さんと美貴が本音でぶつかり合えたあの日に、ポストの上にあったパールはきっと『素直』の一粒。父さんが退院まで近いと看護婦さんから言われた日に病室に転がってきたパールはきっと『健康』の一粒。そして、みんなで長生きして、『長寿』のパールも揃えよう」 「あら父さんったら。美貴、宗次郎さん、もしかしたら『富』の一粒も手に入るかもしれないわよ」  いわくありげに言う母に、私と宗次郎さんは首を傾げては顔を見合せ、父は軽く母をにらんでいる。 「まだ言うなって……まあいいか。ここに案内されるまでに、母さんには話したんだが、父さんは元いた会社に戻れることになった」 「ええっ」 「それはおめでとうございます!」  父はサラリーマンだったが、勤めていた会社のシニア枠で採用面接を受けたら、見事内定をもらったらしい。 「ほら、ニュースでやってるだろう?就職難だった団塊世代が定職を持たないまま五十代になってしまったことで、政府がシニア雇用推進策を打ち出したんだ。でも会社としては、『すぐやめる新人』に大量に来られても困るだけだろう?だから長らく離れていたとはいえ内情を少しは知っている父さんが選ばれた、というわけだ」  そう語る父はどこか楽しげだ。 「さあ、一杯稼ぐぞ!」  父のハッスルに、みんなの顔に笑顔が宿った。
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