偽りの性

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 なぜ?周りの女子たちは皆私を気味悪がって近寄らない。父も、あの頃のように裸の付き合いをしてくれない。  なにが変わったの?あの頃は、みんな仲良くしてくれたじゃないか。どうして、大きくなったら態度を変えるの?  言い知れぬ不安と罪悪感、それを罪悪感と呼びたくない素直な心がごちゃごちゃに混ざりあい、その果てに、私は厄介者の私を育てようとしてくれた父親にさえ、イライラをぶつけた。  家具を壊したり、皿を投げたりした。せっかく作ってくれた晩御飯を、わざと父に見えるように生ゴミ入れに捨てた。父の大事にしていたバイクのタイヤの空気を抜いた。父の財布からクレジットカードを抜いて玄関の植木のしたにバラバラに切って置いた。  辛かったろう、父は。だが何にも言わなかった。目に涙をたたえ、唇を血がでるほど噛みながらも、何も言わなかった。  であるのに、いやだからこそ、私はやるせなかった。なにか言ってくれたら、怒ってくれたらまだ良かった。まるで厄介者には関わらないスタンスを持っているかのように、父の行動を曲解した。  私の暴力は日を追うごとに増した。量的にも質的にもさらに陰湿になり、言葉の暴力も吐いた。  それを断ち切ろうと思ったのは、近隣住民の噂を聞いてからだった。 「やっぱり、性同一性障害の子は変よねえ」  彼らがそれを『性同一性障害』と呼ぶから沸き出したイライラが、さらに『障害』という言葉に説得性を与えている。  それを『性同一性障害』だと知らなかったころに戻りたい、と私は泣いた。  知りたくなんてなかった。  治療も、私が『変だ』という前提で私を『正常』に戻すためのもの。  嫌になった。  全てをリセットするため、私は家を出た。  もう、戻ることはなかった。
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