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珈琲の良いにおいがする。
「あ、さっきの和菓子店なんですけど、場所を聞いても?」
「はい。パンフレットがあるんで持ってきましょうか」
「お願いします」
再び、気を惹こうとしているのだろう。
「課長、パンフレットです」
と、持ってきてくれたパンフレットを視界に入る場所で広げた。
定番の菓子から練り菓子の写真がのっていて、どうしても気になってしまい、つい口から声がもれる。
「……良いな」
「場所はどこら辺ですか?」
松尾がカウンターへと向かい店主に和菓子屋の場所を聞く。
この近くの細い路地を入って行くとあるらしく、さほど遠くはないので寄って行ける。
「一人で行きますので、貴方は会社にお戻りなさい」
「嫌ですよ。俺も興味ありますし。この饅頭、美味そうですね」
とパンフレットの写真を指さす。
「ではやはりお一人でどうぞ。私は別の時に行きますので」
「でも、このお店、六時までですよ。仕事を終えた後は無理ですね」
彼は一緒に行こうとする。そうすると意地でも店に行くつもりはない。
「これ、貴方に差し上げます」
もうここに居たくはない。パンを差し出して席を立つと、腕を掴まれてしまう。
「そんなに嫌ですか。わかりました帰りますから。よもぎあんぱんはご自分でどうぞ。すごく美味しいですから」
会計を済ませて店を出て行った。
やっと静かになる。
テーブルにはパンフレットが二枚。
松尾が言ったとおり、よもぎあんぱんはすごく美味しかった。
彼が指さしていた饅頭は確かに美味そうで、何故か胸がモヤモヤとしてしまう。
これは罪悪感なのか、自分は誰に対してもこのような態度をとってきた。
なのに、松尾にだけ、どうしてそう思うのだろう……。
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