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やはり杉浦からの反応はない。
何が彼をそうさせてしまったのだろう。やはりキスをしたのがまずかったのか。
それでもめげずに話しかけるが、全身で拒否されているのを感じてしまう。
しかも、日に日に顔色が悪くなっている。
杉浦が気になって仕方がない。残業をするのに付き合い自分も仕事をする。
いつか倒れるのではと思っていた矢先、立ちあがった瞬間に崩れ落ちた。
「杉浦課長」
抱き起せば、大丈夫と身体を起こそうとする。だが、力が入らないようだ。
「駄目です。少し休みましょう」
「離せ」
腕を払った時にそれが頬を打って音が鳴る。
感情が抜け落ちていた表情が、驚きのものへと変わる。やっと戻ってきた。
大丈夫ですからとその手を掴めば、身体が跳ねて震える。
「お前だって俺の側から居なくなる癖に」
その目元には涙が浮かんでいる。家族が死に、八潮には恋人がいる。杉浦の愛おしく想う者は彼の傍にいないのだ。
それが原因だというのか。だとしたら、松尾に出来る事は一つしかない。
「傍に居ますよ、俺は」
「嘘だ、お前だって俺を置いていってしまう」
頭をふり、自分の身を守るように体を縮める。
そんな彼の背中をゆっくりと撫でれば、ビクッと肩が揺れて身体が強張る。
「置いてなんかいきませんよ」
傍に居ますと言いながら背中を摩り続けているうちに、強張った身体から力が抜けていく。
「俺は貴方のことが好きです。だから、キスをしました」
「本気、なのか?」
「はい。貴方が不安に思うものをなくしていきましょうね」
「なっ、お前」
気が付いていたのかと杉浦が顔を赤く染める。
「また食事会からはじめませんか? 貴方の行きたい所に行くのもいいな。そこでお話しましょう」
「それならば、あの洋食屋で一緒にオムライスを食べたい」
「はい」
「家族との思い出を聞いてくれるか?」
ふ、と、杉浦の表情が柔らかくなる。
「ずっと傍にいて、俺を愛してくれるか」
「愛し続けます」
両方の手を握りしめ、額をくっつけあう。
再び唇が触れあい、そして、互いに笑みを浮かべた。
【ワンコな部下と冷たい上司・了】
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