第1章 不審な反応

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 社内便で二課宛ての郵便物が課長席に届けられると、それにざっと目を通した清人が、妙に楽しそうに由香に声をかけて呼び寄せた。彼女が無表情で課長席へ向かう中、他の面々がここ暫くの恒例行事かと戦々恐々としていると、予想に違わず清人の皮肉が炸裂する。 「渋谷さん。これがなんだか分かりますか?」 「……宛先不明の為、差出人に返却された封書です」 「この中に入っている書類と資料を送って欲しいとお願いしたのは、確かあなたにだったと思いますが?」 「はい。それで以前からの取引先なので、宛名カードなど無粋な物など使わず、手書きで表記する様にと課長代理から指示を受けました」  顔を強張らせながら言葉を返す由香に向かって、ここで清人はわざとらしく溜め息を吐いた。 「残念でした。せっかく細やかな心配りを先方に示す筈が、いたずらに日数を浪費する羽目になるとは……」 「ですが! 渡された用紙に書いてあった住所は、確かにこの住所で」 「私は正しい住所が記載された物を渡しましたが」 「そんな筈は!」 「それではその用紙はどこにありますか?」 「それは……、用が済んだので廃棄しまして……」  そう言いよどんだ由香を見て、清人は皮肉っぽく笑った。 「それではどちらの主張が正しいのかは分かりませんが、そもそも二十三区内に所在している会社の住所なのに、郵便番号が1ではなく2で始まる時点でおかしいと思わなければいけないのでは? 加えて赤坂は江東区では無く、港区に属しているかと思いましたが。しかも番地が1―2―3―4―5とどこまで続くやら。こんなのを平気で書いて何も疑問に思わないとは、迂闊で注意力散漫で社会常識が欠如していると言われても、反論などできないでしょうね」  清人がそう言ってせせら笑った為、他の者は(それは確かに弁解できないな)と項垂れ、由香はさすがに怒りを露わにした。 「確かに迂闊だったかもしれないけど、何でそこまで言われなくちゃならないのよ!」 「これは、小耳に挟んだ噂ですが……。某大企業の某女性課長が平社員の頃に、愚鈍な上司にでたらめな住所が記載された紙を渡されて、『ここに郵送しておけ』と指示をされたそうです」 「…………」  これまで、似た様な話を聞かされてきた由香は、表情を消して黙り込んだ。そんな彼女を面白そうに眺めながら、清人が淡々と話を続ける。
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