1人が本棚に入れています
本棚に追加
憧れの風景
都会の生活は便利だ。でも無機質すぎて、僕は嫌気がさしていた。景色の見えない地下鉄に、空を隠す高層ビル。派手なネオンに看板。生活のためと思えば耐えるしかないのだけど、もし、子供が生まれた時にこの人工的な景色が原風景になるのかと思うとやり切れない気持ちになる。幼い時の思い出は、緑と水のある風景であってほしい。
そんな時、地方都市への転勤の話が持ち上がった。人事部長は「君みたいな若い人は都会から離れたくないだろう?断ってくれても構わない」とまで言ってくれた。ヒラ社員に対して、そんな気遣いをしてもらえるとは。だが、気持ちだけありがたく頂戴した上で、喜んで異動を拝命した。
「社の方針に素直に従うとは良い心がけだ。なに、ずっと向こうという訳でもない。3年経ったら戻って来れるように声をかけてやる」人事部長のその言葉からは、都会の本社で働く事が幸せだという考えが滲み出ていた。僕はもう戻って来なくて良いと思っているのだけど。
高層ビルの最上階、間接照明が店内を薄く照らすバー。そんな場所に自分がいる事の違和感がハンパないけど、シチュエーションは大事だ。僕は付き合っている彼女に転勤の話を伝え、支社のある地方都市に一緒に来て欲しいと伝えた。
「ごめん、何言ってるかわからない。嘘でしょ?」
「いや嘘じゃない、本気だよ。引っ越しが落ち着いたら、結婚して欲しいんだ」
「そこじゃないわよ。田舎に引っ込むですって?はっ、冗談。私はこの場所でやりたい事があるの。この街でどこまでやれるか、自分の力を試したい。モノと、情報と、お金が集まる日本一忙しいこの場所で。自然に囲まれてのんびりしたいなら1人でどうぞ」
バッサリふられてしまった。彼女は都会にいる僕と付き合っていたのであって、僕自身には興味がなかったのかもしれない。やはり僕はこの街とも、この街が好きな人とも相性が悪いようだ。さようなら。こんな洒落た店に来て居心地の悪い思いをすることももう無いだろう。
最初のコメントを投稿しよう!