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「父さん! 母さんを連れてきたよ!」
二人目の子供が病室に駆け込んできたようだ。孫の泣き声も聞こえる。
「まだ死なないでくれよ!」
一人目の息子が耳元で叫んだ。
良く聞こえる。
「悪かった。ごめんな」
俺は謝った。
何も知らない息子に理由は語れなくても、最期に謝っておきたかった。
その時手に温もりを感じる。
万智の手だ。
ずっと握ってきたから分かる。
目が霞む。
だがまだ死ぬわけにはいかない。
万智にも謝らなければならない。
「すまんかった」
俺は最後の力を振り絞った。
これで大丈夫だ。もう未練はない。
五十年前に終わっていた人生なんだから。
俺は目を閉じる。
耳だけは僅かに生きていた。
「何言ってんだい」
万智は初めて二人でお墓に行った時のように、強く握ってきた。
「幸せだったよ。本当にありがとね」
瞳の奥に一つの影が見える。
そいつはにっこりと笑っていた。
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