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1日の行程に満足し、相方の運転する車で気分よく帰宅した私。
車がアパートの駐車場に入り、真正面にある隣家の窓をライトで照らしだした瞬間。
「わあぁぁぁぁああぁああ!!!」
車の助手席で私は大声を挙げてしまった。
いきなりの事に驚いた相方が咄嗟にブレーキを踏み込み、車は大きく揺れて停まった。
「なんだよ、いきなり! なんなんだよ!」
相当に驚いたのであろう相方が、ハンドルを握りしめて言葉を絞り出す。
だが私はといえば、視線を隣家の窓に固定したまま動くことも出来ずにいた。
「おい、大丈夫か? おい、おいってば!」
相方が私の肩を掴んでガクガクと揺さぶっている。
「あ……あぁ……み、見た、あれ? 見えた?」
ようやく言葉を発することが出来た私は、視軸だけを相方へ移し、それだけを口にした。
「見たって……何を?」
問い質されたが、私はそれに答える事が出来なかった。
尋常でない私の様子に相方は再び車を動かすと、無言で駐車場から出て行った。
近くにあるファストフード店へ移動すると、明るい店内と店員の姿にホッとした私は大きく息をすることが出来た。
私の分もアイスコーヒーを購入すると、彼は向かいの席に座ってそっとソレを差し出してくれる。
「大丈夫かよ?」
「うん……」
渡された飲み物を一口すすり、もう一度大きくため息をつくと、私は自分が目にしたモノの事を語った。
「あの家。駐車場側に大きな窓があるよね?」
「ああ、うん。カーテンのかかってない大きな窓だろ?」
「そう、その窓に……女の人が。女の人が貼りついて、こっち向いて叫んでた。何を言っているのか、声にはなってなかったけど。ボロボロになった服を来て、髪の毛を振り乱して、窓ガラスに貼りついてた。あれ……人間の表情じゃないよ……」
アチコチ擦り切れたシャツとジーンズ。
血走った目を見開き、あり得ないくらいに開かれた口は真っ黒な穴のように見えた。
骨ばった両手で窓ガラスをバンバンと叩きながら、こちらを威嚇するように声のない叫び声をあげている。
あんなに楽しそうに家の中を見て回っていた人物の姿が、こんなにも変わってしまうものなのか。
新築の家に憧れ、ああもしたい、こうもしたいと期待も膨らんでいただろうに。
購入計画が狂ってしまったのか、どうなのか。
とにかく、夢を諦めなくてはいけなかった悔しさだけが家に執着しているのだろう。
そして……。
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