第1章_ある教師の告白

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 天使は微笑んだ。 (ーーー……疾うに覚悟ができております)  「子ども」の覚悟なんて何になる?  僕はそんな、子どもがいう戯れ言なんて信じない。覚悟はできているとみんな思っていた、あの日、あの時、あの瞬間までは。  ほら。悲鳴が聞こえる。  すすり泣く声が聞こえる。  吐き気を催した生徒が教室から飛び出し、数人がそれに続く。  数人の「大人」が何人も教室内にいるせいで、広いとは言い切れない教室はいつもよりも酷く狭く感じられた。 「今日から少しずつ『大人』になるための授業が始まります」  授業を開始する前に僕がそういったとき、楽しそうに笑っていた子ども達の顔にはもう、笑顔は浮かんでいなかった。 (ただ人を殺していくだけの映像なのに)  今日はまだ、ほんのさわり。  人を殺す(おとなになる)ために、的確な方法を学んでもらう『社会』という授業の一環。1週間に1度、こうやって子ども達は社会を知る。  何故人を殺すのか、どうやって人を殺すのか、人を殺すと自分達はどうなるのか、どんな人間を殺すのか。それを知る。  ショッキングな内容だったりするから、この授業の際は担任だけではなくて数人の教師がサポートする形になっていた。  青ざめて、取り乱して、泣きじゃくって、時々気絶して、吐き出して、漏らして、立ち直れなくて、神経過敏になって。  どれだけ大人びていたって、大人のふりをしていたってーーー……。 (実際に人を殺して大人になった僕達と、まだ人を殺してもいない子どもの君達とでは何もかもが違うんだ)  だから。  疾うに覚悟ができております、と微笑んだ彼女でさえも、平然とはしていられないはずだろう。  まだ君達は「大人でも子どもではない」のではなくて、完全に「子ども」なのだから。
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