第1章_ある教師の告白

9/18
前へ
/45ページ
次へ
(さぁ、じゃあ雨宮は一体どんな顔を……)  席で吐き出した生徒を、カウンセラーの資格をもつサポート専門の教師が保健室に連れていく。他の教師達が手早く机を片付けて、その手慣れた動作に「子ども」達はもっと陰鬱な気分になったようだった。  だから僕は教室中を見渡して、少しだけ気分が良くなった。  1年生の担任は、とても楽しい。  彼らは無垢で、純粋でーーー……あっという間に恐怖に飲み込まれるのだから。僕はまるで、支配者にでもなった気分だった。僕のことをナメていた子ども達が、今はもう誰も僕をナメていない。  恐れてる。人を殺した僕を。こんな僕を。 (ああ、最高だ) ひたり、と 冷たい気配が迫り来るのを感じた 「……なんで?」  不穏な予感にゆっくりと顔をあげると、地獄絵図のような教室で天使が微笑んでいる。  青ざめても、狼狽えても、気を失うことも、膿むことも褪せることも病むこともなく。  雨宮 アイは僕を見つめている、普段と何ら変わらない顔で僕の授業を受ける。 「あ……、あ」  なんで?  どうして?  「子ども」はそんな顔をしてはいけないんだ、この授業を初めて受けたときは怯えて慌てて泣き出して、恐怖におののきながら僕を見なければいけないんだ。  雨宮みたいに大人びて、美しくて、天使のような少女こそ、少女こそが。  一番に怯えて泣き出して、汚物にまみれて堕ちなくてはいけないんだーーー……僕が見たいのはそんな姿だ。 (僕を、怯えたような顔で見ろよ)  何のために大人になった?  何のために人を殺した?  僕は、僕はーーー……。  無意識に後ずさりした僕の背中が黒板にあたり、ドンと音をたてた。雨宮の瞳が僕をとらえる、餓えた獣に見つかった小動物のような気分がした。  真っ赤な唇がゆっくりと動く、微笑む。 「ひ・と・ご・ろ・し」  泣きじゃくる子ども達、気を失って倒れて怯えて現実を受け止められない可愛い子ども達。  大人の僕をバカにしない、可愛くて愚かな子ども達。僕を尊敬し、怯えた目で見上げる子ども達。  それなのに今は。 (僕が彼女を恐れてる、こんなにも怯えてる。まるで僕か子どもで、彼女が大人みたいじゃないか……!)
/45ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加