第1章_ある教師の告白

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例え自分達の人生に「人を殺す」未来が待っているのだとしても、彼らはまだまだ未来(さき)なんて見ない。現実にそれが起こることを考えてもいない。授業で人を殺すことを学び、覚悟を促してもまだ、彼らは笑う。  2年生になると少し余裕がなくなって、3年生になると彼らは落ち着きをなくす。日々が過ぎ去っていくごとに少しずつ、クラスメートが「大人」になっていくのを彼らは感じる。友人が、恋人が、親友が、好きな人が、大きな罪を犯して大人になったことを知るのだ。はっきりと。  そして自分も「大人」になる。その日が来る。  だから、1年の担任が一番好きだ。  無邪気で罪を知らない。まるで僕の罪さえもなかった気分になる。何もかもが悪い夢だったと思える。あの日のことを、ほんの少しの間だけでも忘れることができるーーー……。 ざわり、と嫌な気配がした。  心臓を握られたような気分だ。  もう二度と味わいたくないと願っていたその気配に誘われるまま、僕はその気配がどこからやって来ているかを探した。こんなことは有り得ないはずなのに。もう二度と味わいたくなんてないのに。  酷く長身の男子生徒と、長い黒髪の女子生徒が桜の樹の下を歩いている。  目が離せなかった。今の時間は新入生しか登校していない、それなのに彼らは周囲の生徒達とまるで違った。何が違うのかなんて、わからなかったけれど。 あの人は、最後に僕を見た。  一歩、また一歩。彼らがこちらに向かってくるごとに心臓が締め付けられる。  風が吹いて桜の花が舞い上がった、彼女がそれを追いかけるように視線をあげてーーー……僕を見た。 「ひ・と・ご・ろ・し」  天使のように美しい笑顔を浮かべた彼女の、薄い唇が確かにそう動いた気がした。聞いたこともない彼女の声が、耳のすぐ近くで聞こえた気がした。  ひ、と小さく悲鳴をあげて僕は後ずさる。目の前が真っ赤になる。洗っても洗ってもとれなかった血の感触が甦る、目玉にナイフを突き立てた瞬間を思い出す。あの臭い。あの感触。あの悲鳴。あの、あの、あの瞬間が、はっきりと僕の頭の中に甦った。 「棚崎先生?」  同僚の教師に声をかけられて我にかえると、もうそこにあの生徒達はいなかった。
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