第1章_ある教師の告白

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2 「ねぇ人が殺されたんだって」 「男の子だったんだって」 「誰も名前を知らないんだって」  ヒソヒソ。  どうでもいい恋の話とか、本当なのかもわからない噂話が蔓延って。誰も僕の話なんて聞いてはいない。  それでも僕は話を続ける、教科書を読んで問題を出す。またまだ「子ども」の君達には、「大人」の世界の事情なんてわからない。この世界が鮮やかだとでも思っているのだろう、きっと。 (でもそれも18歳になるまでだ)  恋の話とか噂話とか。  誰が嫌いだとか好きだとか。  髪型を変えたとか化粧をしたとか。  漫画を読んだとかまだ読んでないとか。  そんな風に毎日を費やして18歳になったらいい。誰もがみんな公平に、18歳になるまでは自由で子どもで何も知らなくて。 そして18歳になったとき 「あの日」を迎えてしまったとき 誰かを殺して「大人」になったとき  くだらない毎日が、噂話が、恋の話が、どれだけ幸せなことだったか気づくのだ。どれだけ楽しくて大切で儚かいものだったのかを思い知るのだ。  もう二度と「自由」に戻れないことを、「子ども」になれないことを知るのだ。 僕たちはみんな、 残酷なほど平等に「大人」になる  この世界が灰色だと思い知る。  それまではそうやって、お話をしておけばいい。僕は黒板に作者の気持ちなんて書きながら少しだけ笑った。「子ども」達は僕が背を向いているすきに、またヒソヒソと話している。 「だから殺された男の子のことを、警察では……」  僕が何も知らない顔で振り返ったので、子ども達のお喋りは終わった。やばい、という顔をした生徒を指名すると、彼女達は「えー」とか不満げな声をあげる。しかしはっきりとそれを態度に示さないのは、僕が「大人」だからだろう。少なくとも僕が大人になっているってことは、誰かを殺した上でここに立っているからだろう。  「子ども」は「大人」を少しだけ恐れている。多分、僕が子どもの頃、そうだったように。  だって彼らは誰かを殺しているんだ、自分達を殺すことだってできてしまうかもしれない。  だから「子ども」は「大人」に無意味に逆らわない。「大人」も「大人」同士で不必要に争わない。  平和で退屈な、灰色の世界。
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