第1章_ある教師の告白

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「ではこの時の、『私』の心情は?」  ヒソヒソ話を断ち切った僕は、そう尋ねる。 「わかりませんっ」  と、子どもは言う。  わかりません、ではなくて、考える気がありません、だろう。立ち上がった彼女は、口を尖らせたままぶっきらぼうに言い切った。わざと大きな音をたて、彼女は椅子にドスンと腰を下ろす。  ヒソヒソ話をしていたことに気づいた僕が、腹いせに難しい質問をしたとでも思ったのだろう。自分がヒソヒソ話をしていたことを棚にあげ、拗ねているに違いない。私だけなんで、とか。他の子も喋っていたのに、とか。  授業中に喋っていたという罪悪感も相まって、ますますそんな態度に出たのだろう。馬鹿馬鹿しい、と僕は思った。「大人」がそんな「子ども」染みた真似をするわけがない。 (別に授業を受けなくたって、18歳になって人を殺せば大人になれるんだから)  そして大人の僕が怖いから「ムカつく」とか口には出せないし、はっきりと反抗もできない。せめて大きな音をたてて「ムカついています」と表明することしか出来ないんだ、「あんたのせいでムカついているからもっと優しくして」と精一杯叫んでるんだね。  ああそう、ほんと、子どもらしくて可愛い。僕にそんなことを思われていると知ったら、多分もっとムカつくだろうけど。 (子どもばかりで可愛いなぁ、だから僕は1年生の担任は好きだ。愚かで、自意識過剰で、何も知らない)  まだまだ「大人」になる覚悟も何も持っていないのに、自分達が「大人」だと思ってる。 「ねぇセンセ」  まるで、友人に話しかけるような調子で。  酷く大人びて、甘えるような声で。  雨宮 アイの声がした。
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