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「私が答えてもいいですか?」
窓際、後ろから2番目。
そこには天使が座っている。
いつものように影を携えた雨宮は、長い髪を揺らしながら立ち上がった。教科書を見下ろしつつ、彼女は顔にかかる髪を耳にかけた。
「『私は彼を見た。彼もまた私を見返した。彼の両の眼(まなこ)は夜空に瞬く星々のやうに煌めきを放っていた。かの目は、げっそりと痩せこけて骨と皮だけになった男のものとは到底思えないものだったので、私は言い表せない感情を覚えた』」
青白い指先も、教科書を読み上げるために髪を耳にかけた動作も、真っ赤な唇から落ちるゆっくりとした声も。何もかもが優雅で、浮世離れしていた。
「この時の『私』の心情についてですが、『私』は『彼』を愚かだと思ったのではないでしょうか」
要項には、この時の『私』の心情については「死を近くにしてなお、生きる希望を探そうとしている友人に『私』は深く感動をした」と書いてある。愚か、なんて感情は記されていない。
「……どうしてそう思うの?」
「死を前にして、『彼』は未だ死を受けとめることができていない。覚悟を決めていない『彼』は、余りにも子どもっぽく愚かではないでしょうか」
天使のように微笑んだ彼女が余りにもさらりとそういうから、僕は少しだけ意地悪がしたくなった。子どもっぽい考えに身を任せ、僕は口を開く。
「では君は、死を前にしたらそんなにも簡単に覚悟を決めることができるの?」
柔らかく微笑んでいた彼女が「笑った」。
はっきりそれとわかるほどに、彼女は笑った。
「疾うに覚悟ができております」
血が滴った。
持ち上げられた真っ赤な唇は、顔にかかった血飛沫のようだ。
後ろの席の彼女のそんな「満面の笑み」を、僕以外の誰も知らない。まばたきをしている間に彼女の顔から笑顔は消えて、天使の顔に残されているのはただ、柔らかいその表情に似つかわしくないほどに剥き出して輝く瞳だけだった。
『彼の両の眼(まなこ)は
夜空に瞬く星々のやうに煌めきを放っていた。
かの目は、げっそりと痩せこけて骨と皮だけになった男のものとは到底思えないものだったので、
私は言い表せない感情を覚えた』
(私は言い表せない感情を覚えた)
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