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その後。
その場で目に見えてわかる変化があった訳ではないが、海鳴の催眠術は確かに効果があったようだ。
まず大草は、秋葉に告白した。
結果、振られた。
なぜ秋葉が断ったのか理由はわからないが、大草は清々しい顔をしていた。
これで前に進めると言っていた。
秋葉は今の職を辞めて作家を目指すことにしたらしい。
何でもオカルトホラー系のミステリー小説を書いてるのだとか。
それが彼女に取って良かったのか悪かったのか、それは彼女にしかわからない。
木場はずっと欲しかったプレミア物のゲームを購入した。
おかげでバイトでためた貯金を使い果たしたが、本人はこの上なく満足そうだった。
そして私は、一つの事に気づいた。
私には願望がなかったのだ。
私にはやりたいことや欲しい物が何もなかった。
あの日私は、自分の心がぽっかりと空いた洞窟のようだと気づいた。
何の気なしにただ日々を過ごすだけ。
死なないように食事を取り、人前に出て恥ずかしくない程度の服を着、化粧をする。
会社の同僚には笑顔でごまかすが、あの日以来私は意識して『普通の人』を演じるようになった。
普通に笑って普通に泣き、人生を精一杯生きる人。
しかし私とかれらの間には、確かな壁があった。
私は自分が空っぽな人間だということを自覚してしまったから。
私は皆を羨ましいと思う反面、自分が恥ずかしかった。
まるで私だけが、人間じゃないみたいで。
あの日以来、私には未だに何も自己実現したいことや夢が見つかっていないし、心から好きだと思える他人もいない。
私の心の洞窟の奥には、綺麗に片付いた何もない部屋が佇んでいるだけだ。
小さな秘密の部屋。誰にも知られたくない部屋が。
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