第一章 出会い

2/5
前へ
/5ページ
次へ
 ついに来た!  何が来たって?  それは社会人2年目にして、ようやく自分の車を買うことが出来たのだ。  裕福なご家庭なら学生時代から車を持っていたりするんだろうが、ウチは中流一般家庭、親父の車が空いている時に借りるのが精一杯だったのだ。  流石に新車とはいかなかったが、それでも選んだのは新車と言っても過言ではない程の綺麗な車だった。 「走行距離は2000kmに満たず、内装に日焼けもなく、もちろん車内で一本もタバコを吸われては居ません。こんな程度の良い物はめったに出ないお値打ち品ですよ」  セールスマンの言葉を今でも思い出す。  そして今そのセールスマンから鍵を受け取り、やれ車検証の位置だとかパンク修理剤の位置だとか、色々と説明を受けているがそんな事はうわの空だ。  傷一つ無い真っ赤なボディ、曇りひとつない燈火類、まだヒゲの生えたタイヤ。  この車の持ち主に僕は成ったのだと思うと、それだけで身震いしそうだ。  説明を全て終えて受け取りのサインを済ませると、鍵を手渡され車に乗り込んだ。  日光に照らされ若干外より温かい空気、シートのビニールはシャワシャワと耳障りな音をたて、足元に引いてある泥除けの紙もクシャッっと音を立てる。  これはもう自分の車なのだ、使うなら多少汚れていくのは仕方のない事、むしろこれらをはぎ取る権利は僕のものなのだ。  一度エンジンを止めると、車外に出てこれらをグルグル巻にしてまとめてトランクへ。  ふと見ればセールスマンはお見送りのため直立姿勢で待っていたようで、バツが悪い。  こんな時小心者の僕はペコペコとお辞儀するしか出来ず急いで車に乗り込みエンジンを掛けるのだった。    ゆっくりとアクセルを踏み、更にゆっくりとクラッチを離していく。  そう、僕は敢えてマニュアル車を買ったのだ。  いや、偶々惚れた車がマニュアル車だったと言うべきか。  おそらくは2000kmに満たず売られた理由なのではないかとも思う。  でも、敢えて言おう、僕はマニュアル車が欲しかったのだと。    父の車よりうるさいエンジン音と安い作りのハンドルだが、小さくて狭い車格は運転しやすいし、高い視線も見通しが利いて運転のしやすさに寄与している。  
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加