0人が本棚に入れています
本棚に追加
「そういうことね、案外面倒なことになってきたみたい」
ため息を一つ。
「幸福が逃げていきますよ、ほら、センパイは今女子大生と女子小学生に囲まれているんですよ。これは今流行のハーレムとやらに一歩近づいたんじゃないですか?」
「魑魅魍魎の類に囲まれるのがハーレムっていうのならね」
「今は異種愛ものも増えているらしいですし、大丈夫じゃないですか?」
否定をしろ。
「とりあえず上がりましょうよ。お茶にします? コーヒーにします?」
「……じゃあ緑茶で」
あまりのんびりするつもりは無いのだけど……思いながらブーツを脱ぎ、足の踏み場の充分ある部屋に入ってテーブルの前に座った。。いつもレイカが使っている客用の座布団の上だ。そうすると私は女の子と真正面から対峙することになる。女の子は私が目の前に来ても顔色一つ変えることなく、ただテーブルの一点をじっと見つめているようだった。
「こんにちは」
……返事は無い。
「あの、私は山中鈴音っていうんだけど、あなたのお名前を教えてもらっても良いかな?」
黙りこくっている。レイカ、助けて。
「家族の人みんなでここに来てたんだよね? お宿には戻らなくて大丈夫なの?」
うんともすんとも言いやしない。不通音が聞こえてくるような、そんな気がした。
「この人は普通の大人の人とはちょっと違うから、そんなに警戒しなくても大丈夫だよー」
レイカは湯気たつ湯飲みとオレンジジュースが入ったコップを二つお盆に乗せてやってくる。
「もしかしなくても、宿に帰りたくないのならここに泊まっていっても良いって言ってくれるかもしれないよ?」
湯飲みを私へ、他二つをそれぞれの前に置きながら、レイカは私から見て右側の辺、私と少女の間にはいるような形で座った。
「ちょっと、話をややこしくしないで。なにがあったのかは知らないけれど、もうお家の方がこの子を探し始めてるの。大事になる前に宿に戻ってもらわないと」
えー。そうレイカは不服そうにしていたが、そもそもなにを期待していたんだろう。そんな大学生を他所に、私は少女の方へ目をやる。「お家の方」という単語に反応を示したのか、彼女の目は机ではなく私を見つめていた、その中にかすかな疑問のようなものが見えたような気がして、私はそれに答えようとまた口を開く。
「お兄ちゃんとお母さんがあなたのことを探しているんだよ」
最初のコメントを投稿しよう!