晴に恵まれて

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 緑の匂いが遠ざかり、「湖の匂い」がお腹一杯に満ちていく。  滑っているのが空なのか、水面なのか、それとも私達なのか分からなくなりそうなほど、澄んで清い空気が充満した町。私達はそこから離れていくように、けれど隠れることはなく真っ直ぐに、中央へと進んでいく。  滑らかな航跡を残して。 「おおー、センパイこぐの上手いですねー」  黒いパーカーを着たレイカが、はしゃいだ声をあげる。彼女は、この間の冬、私の家に突如として転がり込んだ実績を持つ大学生で、この休みの間もこの町に遊びに来ていた。紫外線にその白い肌をなんでもないとさらしながら、ボートに座ってあたりをぐるぐると見回した。あんまり暴れると転覆しかねないからやめて欲しい。そんな気がかりを頭の片隅に置きながら、私はボートの進行方向に他の船や障害物が無いことを確認する。 「城嶋さんが教えてくれたからね。私、案外筋が良いらしいよ」  オールを習ったとおりに動かす。力を入れる順番は、足、腕。これが意外と疲れるのだけれど、今回はある程度沖まで行けば良いだけだし、許容範囲内だ。 「手取り足取りですか?」  含みのある言い方でレイカは返した。 「なにその言い方……」  思ったそのままの形で言葉を投げる。レイカはそんなものは知らないといった具合に、城嶋さんから借りた釣具の準備を始めていた。 「この湖ってどんな魚が釣れるんですかねー」  これぞ朽名霊華と言わんばかりのマイペースなセリフに、私は肩を落としてため息をついた。釣りをしたいと言い出したレイカにボートと釣具を提供したのは良いが、それに付き合わされる身にもなってください、城嶋さん。 「なんかブラックバスとか釣れるらしいよ」  気のない声で私はぼやく。  これで釣れるんですかねー。ルアーを指にぶら下げて彼女は呟いた。屈託のない「クシャリ」顔、細まった目が愉快そうな線を描く。それを釣り糸にでもすれば良く釣れそうだな、なんてどうでも良いか。 「それに、この湖ってなんだか鯨に形が似てません? 鯨とか釣れないんですかねー」 「ここ淡水湖でしょ」  言っている間にボートはだいぶ沖の方まで身体を滑らせて、元の桟橋は目の端に映る点へと姿を変えている。
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