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城嶋さんですか。リールを巻きながらレイカは割り込む。その音はどことなく心地良い。
「『久しぶりに来たんだから付き合ってやれ』ってさ」
「あー気を遣ってくれたんですかね」
「いらない気をね」
またまたーと笑うレイカ。確かに気を遣ってくれるのは嬉しいけれど、この繁忙期に湖の真ん中で油を売っているのは多少なりとも心が痛むのだ。城嶋さんは甘いのだ。私に対しても、レイカに対しても。
まあ、甘えている私が言えた話ではないのだけれど。やはりもう少し頼ってくれないものだろうか。
うららかな日差しが心地良く私に降り注ぎ、ゆっくりと意識の段階を落としていく。レイカはゆっくりと釣竿を操っている。この手つきは手馴れているのだろうな、あとで習ってみるのも面白いかもしれない。
そもそもレイカは、他にどんなことができるのだろう。
朽名霊華という人物について、私はそれほど多くを知っているわけではない。
去年の十二月から今年二月までの約二ヶ月間を彼女と共に過ごしたけれど、彼女の自身の境遇について私はほとんど情報を持っていないのだ。唯一知っていることといえばそう、彼女が通っている大学は、私の通っていた大学だという事ぐらいだろうか。彼女がどんなところに住んでいて、どんな人と暮らしているのか、他のことは一切分からない。
もちろん聞こうと思ったことは何度かあったけれど、なぜだろう、彼女はそこに触れて欲しくないと思っているような、そんな雰囲気が感じ取られたのだ。単なる勘に過ぎないのだから、案外なんともなしに答えてくれるのかもしれないが、それでも私は彼女のおかれている環境を知ろうという気になれなかった。私と彼女がする話は、どれも他愛の無い、どこにでも転がっていそうな会話ばかりだ。
別にそれがなにかに関係があるのかと聞かれれば、特に無いと答えなければならない。
ただ一つ気になったのが、昨日あった出来事の中で彼女が見せた表情だった。彼女が初めて見せたあの色は、果たして彼女にとってどの程度奥まった感情だったのだろう。
ゴールデンウィークの間、彼女が私の家で生活するためにその身を寄越したのも昨日だった。昨日から始まった一週間のゴールデンウィーク、そうこれは、黄金色に輝いた景色の話だ。
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