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しっかりとお辞儀をしてから次のお客さんに向き合う。笑顔の浮力を最大にして。観光に来たのであろう老夫婦が、ポストカード数枚と、A2サイズのポスターをレジに置いた。
「こちらのポスター用の袋ですが、こちらの柄と、こちらの柄、二つが選べるのですが……」
避暑地として有名なこの湖沿いの町の本格的な繁忙期は七月から八月だ。しかし、ゴールデンウィーク頃ともなるとこの町は、雪もなく観光客が簡単に訪れることができるちょうど良い旅行先となって、一週間ほどの特例的な繁盛に見舞われる。都心からバスで二時間半ほどしかかからないのだから不思議な話ではないけれど。
そして、この町の桜は他の地域と比べて一ヶ月も遅く咲くこともあり、桜祭り目当ての人々も多く来ていた。
「よー、鈴音ちゃん。繁盛してるらしいねぇ」
客足が無くなったタイミング、それをねらったようにレジ前には出羽さんが立っていた。出羽さんは一枚だけポストカードを出しながら、同時にレジへ二本の栄養ドリンクを置く。瓶と木の音による接触が私の目の前にふわりと舞い上がって、すぐに散り散りに落ち着いていく。
「そういえばレイカちゃんと連絡はとってるの? そろそろこっちに来るんだよね?」
二本……まあ城嶋さんと飲めという事だろう。
「はい、ゴールデンウィークにこっちに遊びに来るって言ってましたから、今日明日には来るんじゃないですかね」
ポストカード一枚だけ。袋に入れるかどうか、ジェスチャーを出羽さんに送る。
「え、しっかりとした日程は聞いてないの?」
出羽さんは手を横に振り、要らないと言葉なく伝えてくれた。
「ええ、どうせ来たいと思ったらふらっと来るような娘ですから」
なるほど。ポストカードを受け取りながら出羽さんは腑に落ちたようだ。納得されてしまうのがレイカのレイカたる由縁かもしれない。三月なんて、一切連絡もなしに彼女はこの町に戻ってきたりもしたのだから。
「なんかレイカちゃんは猫みたいだね」
全くもって同意します。私が笑うと、出羽さんの背後のドアが開き、ベルが鳴った。声の調子を一段上げるため、肺の辺りに僅かな負荷をかける。
「いらっしゃいませー」
今日何回言ったのか、数える気がない言葉を私は繰り返した。入ってきたのは一人の眼鏡をかけた男の子、中学生くらいだろうか。
「じゃあ城嶋によろしく」
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