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そして言う事を聞いてくれてありがとうと。命令を聞いてくれとありがとうと言う気持ちを込める様に髪を撫でる。少なくとも幼少の頃に良い事をしたら頭を撫でてくれた者が居る筈だ。その記憶を利用して自分は良い事をしたのだと思わせる。もし無かったとしても、自分は怖かったのだとを脳に刻み込んだ後に子供をあやすように撫でる事によって褒美を与える。飴と鞭ような原理だ。
「本当にボスには勿体ないな。……ボスに引き渡したら間違いなく壊されるしなぁ」
独り事の様に呟く。ボスという存在は恐ろしい事を、引き渡されたら壊される事という情報を与える為だ。身体を壊されるのか、精神を壊されるかは言わない。これは相手に考えさせる為である。考える事によって「もしかして。いや、もしかして」と制限の無い怖い想像をさせた。
そうすることによりボスという存在の人に引き渡されたくないという考えに辿り着く。相手に命令されたのではなく、自分の考えて決めたのだ。この違いは大きい。自分で決めたことは易々と覆ることは無いからだ。
「でも、ボスに渡さないと俺が殺されるからなぁ」
「……!? お、お願いします。ボスって人には渡さないで――」
よし、懇願してきた。でも俺の答えは既に決まっている。
「あれ、独り事を聞かれたかな? でも、ごめんね。それは出来ない」
「っ!」
俺は即答で答えて、相手に繰り返し絶望と恐怖を与えた。これで主導権は完全に此方の物だな。まさかこんなに簡単に主導権を握れるとは思いもしなかったよ。人間の心理って怖いな、本当。
「でも、直ぐには渡さないから……さ」
自分はボスに渡すのを躊躇っているのだと錯覚させる為に苦悶の表情を演じる。これで相手はもしかして行動次第で渡されないかもと考えるだろう。こんな風に元カノに抵抗出来たらよかったのに。恋愛では好きになった方が負けだな。簡単に思考を制限されてしまう。
「あ、逃げないでくれよ? もし、逃げたら――何が何でも見つけて慈悲無くボスに引き渡すからね」
無表情で伝える。一番怖い表情は無表情なのだ。
「っ!」
相手は無言で何度も頷いた。俺の最初に捉えた動きで抵抗しても無駄、そして仮に抵抗したら直ぐにボスという存在に引き渡される――きっと相手は、この二択が考えが頭に過っただろう。人間は利口な生き物で保身してしまう生き物だ。この場合なら前者を取るだろう。
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