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服用させてから朝の七時が経過したころに彼女は眼を覚ました。当然だが、一切の身動きが取れないので驚きが隠せないらしい。目覚めて直ぐには思考が鈍り、今迄の出来事を思い出すのに数分程が経過してから思い出したようだ。
「……あの、ここは何処ですか?」
「ん? ここは田舎だよ。詳しくは言えないけどね」
彼女の手足を拘束しているが口は塞いでいないので俺に話しかけてきた。悲鳴を上げない事を考えると利口な思考の持ち主らしい。まぁ、最後に水を飲んだのが八時間程経過し、更に寝起きで喉が渇いている筈なので叫びたくても叫べない可能性もあるけど。
「わ、私はどうなるんですか……?」
「ボスの命令には逆らえないから引き渡すよ」
「――っ!」
俺から「助けてあげる」等と救いの言葉は言わない。俺から言っては意味が無いのだ。相手の口から「助けて欲しい」と言わせなくてはいけない。相手が懇願してくるのをじっと待つんだ。
「じゃあ俺はボスに連絡してくるから待っててね」
俺はジーンズの右ポケットから携帯を取り出し、操作している振りをした。
「ま、待って下さい!」
「何かな?」
「お願いします。助けて……下さい」
彼女は声が震えている。きっと彼女は自分が想像した「架空のボス」が恐ろしい存在なのだと思っているのだろう。……ボスなんて存在しないのに。
「……助けて」
「……そうしたいんだけどね。でも、君を助けたら妹が殺される」
「そ、それは……。お願いします……助けて下さい」
「うーん、正直言うと……さ。君に一目ぼれしちゃったんだよね」
相手の目線から逸らし、携帯を持ちながら自らの頬を軽く掻く。
「君の住んでいるアパートからして、かなり生活に苦労しているんだろう? どんな事情はわからないけどさ。苦労しながらも雑談しているときに少しだけ見せてくれた笑顔に惚れたんだ。この人はきっと辛いのに前を向いて頑張っているんだと思ったら、益々君に惹かれた」
「……」
視線は逸らしたままだ。彼女が次の台詞を吐こうとした瞬間を見逃さない。
「……あ、あの――」
「っと、ボスから着信が来た」
自分が持っている携帯の画面を相手に見せて確認させる。画面には「ボス」と書かれた名前でシンプルな着信音がずっと鳴り響いていた。これで自分には時間がないと思わせる。
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