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焦るだろうな。口にしようとした瞬間に恐怖の対象であるボスから電話が来たんだ。まぁ、これは単純なトリックだったんだけどね。俺は右手に携帯を持ち、左手はずっと逆ポケットに入れたままであった。左ポケットにはマナーモードで通話音を最小に設定したプリペイド携帯がワンタッチで俺の携帯に電話出来る様にしていただけ。
彼女が喋ろうとした瞬間を見計らい早めにボタンを押して着信させた。こんな単純な方法だが意外にも効果はあったようだな。後は俺の演技力次第だ。
「わ、私、何でもしますから!」
「……!? いや、でも――」
「お願いしますっ!!」
「……」
葛藤しているように見せた。そして俺は無言で通話ボタンを押して、ボスと会話する為に彼女が居る部屋から抜け出す。これで彼女は更に不安がる筈だ。五分程経過してから部屋に戻る。
――音も無く、薄暗い狭い部屋に不安の抱えながら五分は堪えるだろうな。
「……ボスから三日だけ猶予を貰った」
この台詞だけ残して彼女の返答を待たずに再度部屋を出る。全ては計画通りだ。次は一日経過させてから様子を窺い、水だけ飲ませる。それから半日で食糧を食べさせる。勿論この間はトイレは行かせない。必然的に彼女は粗相をしているので二日目にお茶を彼女の下半身に掛ける。
――そして滞りなく三日目に突入した。
もう既に精神が参っているだろう。無理も無い。最終段階は相手に感謝の言葉を出させる事である。水を飲ませてくれてありがとう。食糧を食べさせてくれてありがとう等だ。自分の為にしてくれて、感謝させて、初めてストックホルム症候群が完成する。
「今日は何かしてほしいことはあるか?」
「…………身体を、清めたい……です」
「わかった」
俺は彼女の拘束を全て外す。三日間筋肉を使っていない所為と心身ともにぼろぼろであった為、自分で立つ事が出来ないらしい。これも想定無いだ。彼女を横抱き――つまりはお姫様抱っこで風呂場まで運ぶ。
「……あ。あ、ありがとう」
耳元で微かであったが礼を言われた。普通であれば感謝等される筈が無いのに。やはりこの「ストックホルム症候群」の効果は凄い。心理学で相手を巧みに操る事が出来るなんて犯罪に持ってこいの技法だ。
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