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「ごめんなさい。私…」
「待ってください。僕はあなたのことをずっと」
「その先は言わないでください。その先を聞けば私はあの冷たい屋敷で平然と生きていけなくなります」
物陰から俺を熱く見つめていた眼が涙で濡れる。
あの眼は俺があなたを見つめていた眼と同じ…
触れたことも言葉さえかわしたことのない俺とあなた。
生きてはいけなくなる。
その言葉が持つ意味。
名家のお嬢様で家の取り決めで親が決めた婚約者とこの夏結納をかわすという噂。いや周知の事実。
そんなあなたのことをずっと遠目で見つめるしか出来なかった自分。あなたへの思いを断ち切るために大学を口実に上京した。そう逃げるように。
だけど、離れても思いは褪せることなく濃くなりじりじりと胸を熱く焦がすのだった。
端正に込めて作られた芸術品のように品があり柔らかな物腰。その様子とは裏腹にどこか寂しいような悲しいような瞳。
一目みたときから魅力された。
あなたをもう一度みつめたい、どこかに消えてしまうその前に。強い願いをこめると叶うと言われるこの七夕祭なら叶う気がした。
「あなたの幸せだけを思っています」
瞳が大きく見開いて微かに頷き彼女は駆け出した。
「私も…」
言葉にならない声が雑踏のざわめきに消えた。
俺はただただ彼女のいなくなった橋を見つめていた。
そしてゆっくりと熱くなった瞼を閉じる。
もしも願いが叶うならもう一度。
もう一度だけ…
この場から儚く消え去った彼女はこの七夕祭りに何を願ったのだろう。
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