ABCランサーズ

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「透(とおる)! ちゃんと手をつながなきゃダメでしょ」  幼い時から、透がもたもたして周囲から遅れるたびに、姉の光(ひかり)はふりかえってそう怒鳴った。高圧的な態度。たった二年先に母親の腹から飛び出してきたことがそんなにえらいのだろうか、といつも透は不満だった。  しかしそれはやはり、自分が守るべき姉との約束だったのだ、とその日、姉の遺影を持った透は妙に納得していた。  目を泣きはらした両親とともに、黒塗りの霊柩車の前で告別式の参列者に深々と頭をさげる。  影のような喪服の人群れが、晩秋の陽に照らされている。その奥から、射かけてくるように身を乗りだしたマスコミ。突き出されたカメラの望遠レンズがぴかり、ぴかりと鋭角に日光を反射する。  住宅街に、慟哭のようなクラクションが響いた。  鼓膜を圧迫されるような音の中、透は昨日の通夜から泣いてぶよぶよにふやけた脳みそで、ぼんやりと考えていた。  姉ちゃん、あの時、手をつないでなくてごめんね、と。
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