第2章

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「それに早くこの店に馴染みたいし・・・・・・きれいにしてあげればお店も喜んでくれるでしょ?」 黒ずんだ太い柱に手を触れる。 「ずいぶん年期の入った柱ですよね」 「戦前から住んでいた家を改築する時に柱を切るのが痛ましくて、一部だけ残して店に持ってきたんだそうだ。祖父の頃に」 「戦前?」 第二次世界大戦?と、夏目が棒読みの口調で聞く。 「いや、戊辰戦争」 「ぼしん・・・・・・って、えっと・・・・・・幕末?」 さらりと言われた言葉に夏目が目をぱちくりさせる。 「このあたりで『先の戦争』って言えば戊辰なんだそうだ。世界大戦なんか目じゃないぞ。薩摩に寝返られて賊軍と言われて、終戦後は北に流されて酷い苦労をしたんだ。かなり遺恨が残ってるらしい」 うへぇ、と夏目。 「俺が子供のころ、鹿児島の物産展が『戦後』初めてこの町で開かれてな」 柱に寄りかかって秋月が続ける。 「終ったあと、新聞に載っていた鹿児島側のコメントが『帰れと石を投げられる覚悟で来ました』って」 マジ?と顔で聞く夏目に、秋月が唇の端で笑って肯く。 「それに対して『薩長はまだ許せない』という地元のお年寄りのコメントもあったな」 「・・・・・・その土地その土地で、いろいろあるんですね」 自分には分からないと言う顔で夏目が呟いた。 「まあ、何につけても古い土地柄だからな・・・・・・おっと」 時計を見た秋月が、仕入れに行こうと夏目を促した。 秋月の店がある小さな城下町。盆地に位置するそこは、農作物は豊かだが海産物には乏しい。昔から食されている魚は塩浸けの鮭や乾した鰊、鱈などが主なもので、新鮮な生魚がスーパーで売られるようになったのはごく最近といってもいい。 冷凍物の白くなった烏賊しか見た事がない客が多かったため、新鮮な紅い烏賊を仕入れても気味悪がられて全く売れなかったというのは笑い話のような本当の話だ。今でも町中の市場で扱う魚介類は種類も量も少ない。良いものを仕入れるためには、高速道路をを小一時間ほど走った港町まで出るしかなかった。 「俺、運転しますよ。もう道覚えたし」 運転席に座ろうとした秋月に夏目が声をかける。
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