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「いや・・・・・・運転は苦にならないから」
そう言ってハンドルを握る秋月の顔色が少し悪いような気がして、夏目が眉を顰めた。
秋月は料理に手を抜かない。食材や調理、盛り付けに至るまで納得がいかない仕事はしない。厨房だけにいるのならそれはそれでいいと思う。
しかし経営者でもある彼は、板場だけでなく資金繰りや店の経営も考えなくてはいけない。傍から見ていても大変な事は分かる。自分が来る前、独りで頑張っていた時・・・・・・どれほど大変だったろうと思う。
・・・・・・もっと手助けしてあげたいのに。
まだ星の瞬く空を車のガラス越しに見上げながら、夏目は溜め息をついた。
他人に対してよりも、自己に対して秋月は厳しかった。自分で出来る事は決して夏目には頼んでこない。信頼していない、と言うのではないとは分かっていたが。それが少し歯がゆくもあったし・・・さみしくもあった。
住み込みで一緒に働くようになって、まだ一週間。
「ま、ぼちぼち」
口の中で呟いた夏目に、なに?と言う風に秋月が横を見る。なんでもないですと笑って、夏目はひとつ伸びをした。
「今日は、なに仕入れます?」
「お食い初めのお祝い膳が二十入ってるから・・・・・・真鯛のいいものがあったらお造りにするか」
「小さ目のお寿司にしてもいいですよね。真鯛がなければ、さよりでもいいな。あと赤身のやつを何か・・・・・・」
「どうせなら、春を先取りしたメニューにしたいな」
「あ、じゃあ、行楽お弁当風にしますか」
「いいな。小さ目の塗りの重箱があるから、それを使うか」
二人あれやこれやメニューを話し合いながら、車を走らせる。
港の市場についた頃には、けぶる朝の光が海を銀色に照らしていた。
仕入れを終えて店に帰ってきて。普段なら昼に向けての準備を始める前に一息つくところだが、今日は昼膳の仕出しが入っている。
「仕出しの方、手伝いましょうか?」
腰を落ち着ける暇もなく、下拵えを始める秋月に夏目が声をかけた。
「・・・・・・そうだな。頼む」
少し考えて秋月が肯く。並行してお昼用の定食の準備もしなくてはならない。
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