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残った時間は席を離れなければ自由にしていいと言われても、特にすることもない。次の授業の準備をするには、ロッカーまで教科書を取りに行く必要があるから、席を離れないといけない。
どうやって時間を潰そうか考えていると、
「ねえ、蒼井さんさ」
「え? あっ、はい」
隣から腕が伸びてきて、わたしの机をトントンと叩かれた。挨拶はさっき済ませたのに、今度は何だろうと片岡くんの方に首を動かす。
「蒼井って呼ぶと、自分呼んでるみたいだから、名前で呼んでもいーい?」
わたしの名字の蒼井と片岡くんの名前が碧だからか。友達のいないわたしのことを呼ぶ人なんて全然いないから、“あおい”といえば片岡くんという認識だった。
名前で呼んでいいか訊かれたのなんて入学してから初めてのことだから、びっくりしている。
しかも、片岡くんからなんてありえないことだと思っていた。ううん、考えたことさえなかった。
「名前、で?」
「うん。頼子……や、やっぱ頼ちゃんで、どうかな?」
すごいなあと、返事よりも先に感心してしまう。こんなわたしの名前まで知ってくれていて、話しかけてくれた。人気者ってすごい。
「……ありがとうございます」
隣だからといっても、ほとんど話す機会はないだろう。
こんなに近くにいても、線は越えられない。片岡くんは、びっくりするくらい簡単にこっちに来ちゃうんだ。わたしは、そちらには行けない。
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