0人が本棚に入れています
本棚に追加
「いのちとは、なんだと思うね」
美佐子は、突然、きかれて答えられなかった。
「いのちも、絵と同じじゃよ」
おじいさんは、優しい目で美佐子を見つめていた。
「いろいろな色があるから、生きていけるんだよ」
おじいさんの、透きとおる優しい目がそこにあった。
「毎日、ご飯を食べる。お米や、野菜や、お肉を食べる。それはひとつひとつもいのちで、そのいのちの色をもらっているんじゃ。楽しいことや、苦しいこと、つらいことがある。でも、それも、いのちの色となって、お嬢ちゃんを形つくっているんじゃ。お嬢ちゃんを、素晴らしい絵にしてくれるんじゃ」
おじいさんの優しい目に吸い込まれるように、美佐子はきいていた。
「そして、お嬢ちゃんという素晴らしい絵は、誰かをかならず、幸せにするんじゃよ」
「うん」
美佐子は、なぜだか、素直にうなずくことができた。
「お父さんのことは大変じゃろうが、大切な色をもらっていることを忘れてはいかん。お父さんもいっしょうけんめい、お嬢ちゃんに大切な色を渡しているのじゃよ。だから、お嬢ちゃんもお父さんにいっぱい会いに行って、大切な色を渡しておあげ。幸せな絵を描くためには、たくさんの色が必要だからね」
おじいさんは宮沢賢治全集を紙袋に入れると、美佐子に差し出した。
「お金はいいから、これは持っていきなさい」
「でも」
「表紙が汚れているから、売り物にはならんのだよ」
おじいさんは、笑った。
美佐子は知っていた。
その本は、とてもきれいだった。
最初のコメントを投稿しよう!