ファンシー

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その日の夜に彼女を映画に行かないかと誘った。 「何の映画を観るの?」 「タイトル?」 「言葉が良いのは映画が良い証拠だもの」 「そういうものかな・・・・・・」 考えてみたこともなかった。実を言うと僕は映画をあまり観ない。年に一回映画館に足を運ぶか面倒になって近くの喫茶店でクロワッサンを食べるかというレベルだ。なのに彼女と映画を観ると直感で決めたのだ。何かやばいことが起こる前兆かもしれないと冗談交じりに思った。しかし映画で彼女が食いついたことは確かだ。そうでなければ「言葉が良いのは映画が良い証拠だもの」と普通は口にしないのではないか。 「それで答えは?」僕の意識を彼女が戻そうと手を鳴らした瞬間、脳は砂漠にいるみたいに熱くなった。 適当に言葉を並べるしかなかった。「着いてから決めるってどう?」 「だめ」 「そこまでこだわるか?」 「ええ。こう見えても近所じゃ映画のソムリエと呼ばれてるのよ」 「何だそれ」 「それくらい映画にはこだわるのよ」 だんだん面倒から苛々という棘が生えていた。「ああもう!さっさと調べますよ、調べるって」 ポケットから画面に亀裂が入ったスマートフォンを取り出してネット検索した。 ここから一番近い映画館は歩いて十分の場所にあり、オープンしてから数十年経っているそうだ。上映作品をチェックする。 「いろいろあるな。おっ?」 「あった?」 「ミステリーだけど好き?」 「タイトルは?」 「『神と呼ばれたH専門探偵』」 「ポルノやってた?あの映画館って」 「あらすじにはやましい言葉は書かれてないよ」 「じゃあ違う意味なのかもね」 気まずくなった。Hの魔術は恐ろしいが魅力的でもある。まさか映画館が内容の予告をごまかしているとは到底考えられないがいささか不安だ。「どうする?」 「何時から?」 「二十一時十五分」 「今は何時?」 「二十時十三分」 そう答えると彼女は立ち上がって背伸びをした。僕の喉頭は自然と上下に動いた。 「行きましょ。夜の空気は吸うとさっぱりするから頭もすっきりして映画が楽しくなるわ」 果たしてそうなのか・・・・・・まあ気楽に行け、呼吸し忘れるなよ、と自分に注意した。
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