黄昏月の嗤い

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黄昏月の嗤い

太陽が大地に沈んだ夕暮れ。 窓から涼やかな風が流れる。 少女は戯れにその長い髪を弄り、待ち人を想う。 滑らかなシーツに横たわる少女は、何とも儚げであった。 「ティア」 不意に男性の声がした。 黒衣を纏った少年は開いた窓に座っていた。 突然現れた彼に、ティアと呼ばれた少女は驚きもせず迎え入れた。 「香を焚いたのか?」 「だって、匂いがついていたら嫌でしょう?」 何の、とは言わずとも分かる。 聖職者の匂いは、闇に住む者達にとっては毒のような者だ。 気持ち悪いほどの清らかさ。ある意味禍禍しいほどのそれを、彼等は嫌悪している。それは、聖職者が彼等を嫌悪するのと同じように。 「だが、あまり香は焚くな。お前の体に良くない」 「ラズは心配性ね。これは家の庭で取れたものを使っているから大丈夫よ」 そう言われても、ラズと呼ばれた少年は眉を顰たままだった。 ティアはその様子を見ながら、サイドテーブルに置いてある香の火を消した。 「あのエクソシスト、ちょっと危険かもしれない」 ティアは窓に座ったままのラズを見つめ、真剣な表情をした。 「薬品と、血。例え前線に出て戦うとしても、あそこまで匂いは染み付かない。それに…」 言葉を切り、下を向く。シーツをにぎりしめた手が、白くなる。 ラズは窓枠から降り、強く握りしめられたティアの手にそっと自分のそれを重ねる。 「私達と、似てた…」 「約束する。次は出さない。咲く前に、摘み取る」 握りしめられていた指を、一つずつ開かせる。 掌には赤い爪痕と、少しばかり滲んだ血液。 労るように、ラズは舌を這わせる。 傷ついた手を握り、片手をティアの胸に当てる。 一定の速度で脈を打つそれは生きている証で。 胸に触れる異様に冷たい手はまるで死人。 服を掻き分け、素肌に触れる。 触れた冷たさに、ティアは身震いした。 上に着ていたものは脱がされ、青白い肌が露になる。 鎖骨を、その骨張った手で撫でられると、次に押し寄せるであろう快感と恍惚にため息が出る。 吐息が首筋にかかる。 期待と不安で、無意識に喉が鳴る。 それは、ヴァンパイアを煽るのに十分な効果を持っていて。 本能は塊。 理性は欠片。 興奮に堪えられず、飢えているわけでもないのに、全身が鮮血を欲する。 .
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