22人が本棚に入れています
本棚に追加
想いは虚構の夢となる
暖かな日差しは、春から夏に代わりつつあった。
教会に咲く花達も、徐々に移り変わる。そんな花達を愛でながら、スリンスは物思いに耽っていた。
「ユーゼフ様、どうなさいました?」
声に振り向くと、品の良さそうな初老の貴婦人が立っていた。
「いえ、他愛もないことです」
スリンスは心を悟られぬよう、優しく微笑む。
だが、生きた年数、経験した場数が、スリンスの心の覆いを跳ね退ける。
「牧師が恋をしてはいけないと、誰が決めました?」
婦人の言葉に、スリンスは参りました、と苦笑する。
散り始めた花にそっと触れながら、愛おしむように囁く。
「強い、心の持ち主でした。大切なモノを守るために、最善を選ぶ。例え自分の身が蝕まれようとも、決して光を失わない。強く、儚い人なんです…」
散って行く花に、その姿を重ねながら、スリンスは囁く。
咲き誇る花が散らないように、自分の手で守りたい。
スリンスは、花を優しく撫でた。
「守っておやりなさい。小さな花は、その身に大きな試練を抱えているのかも知れません。支えておやりなさい」
優しく微笑むその姿は、まさに聖母の様だ。日差しを受け、青空の下、聖母は迷える羊を優しく包み諭す。
「はい」
彼女の前にいると、まるで幼い子供に戻った気分になる。
エクソシストとして荒れ狂う戦場の中に投げ込まれる前、自分の見ている世界がすべてだと思っていた頃。触れるものが温かいと信じていた頃に戻った気がした。
所詮、それがまやかしだとしても。
「あの人も、あなたぐらい素直で柔軟な考えが持てればいいのに…」
婦人の寂しげな呟きに、この人も切ない思いをしたのだと知る。
その事を、赤の他人である自分が聞いても良いのか考える。自分の中に仕舞っておきたい思い出は、誰しもがあるものだ。
「おばーさま!」
「あら、そんなに走ってどうしたの?」
少年が、婦人に向かって走って来た。
「あ、神父さま!」
僕に気付いて笑顔で手を振る少年は、天使の様に愛らしかった。
笑ったその顔は、どこか婦人と似ていた。婦人を御祖母様と呼んだことから、きっと孫なのだろう。
「神父様ではなく、きちんと牧師様とお呼びなさい」
「はーい」
二人のやり取りが微笑ましく、自然と口元が緩む。
僕は一つの教会に定住することのない、巡礼者。そういう人は一般的に牧師と呼ばれる。
.
最初のコメントを投稿しよう!